〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

落ち着いた場所で実質本位のレストランをオープン

内観

いつも観光客でにぎわいを見せる浅草も、浅草寺の裏手・観音裏エリアまで足を延ばせば、静かで落ち着いた街並みになる。ここに2024年4月にオープンしたのがイタリアンレストラン「nacol」。ドアを開けると、クラフト感のある8席だけのカウンターがあり、オーナーシェフの家亀智裕さんが出迎えてくれる。

オーナーシェフの家亀智裕さん

実は、家亀さんは2月に人気店だった蒲田のイタリアンを閉店し、nacolをスタートした。「これまでは駅近の人通りが多い場所で20席以上のレストランを運営してきましたが、落ち着いた場所で自分の目の届く範囲のお客様をお迎えしたいと思うようになりました」と家亀さん。

家亀さんが静かな環境で実現させたかったのが「実質本位」のレストラン。生産者が手塩にかけた、ごまかしのきかない素材を使ってシンプルな料理が提供されている。その象徴となるのが「生ハム」。家亀さんは上質な豚肉を使って丁寧に作られた生ハムに魅せられ、将来的には自分の手で生ハムを作ることを見据えているという。そのほかに“幻の黒毛和牛”と称される東京ビーフなど、珠玉の素材を使ったコースやアラカルトが用意されている。

店内はイタリアを中心にした自然派ワインが並ぶ

また、壁面のセラーには自然派ワインが並び、グラスとボトルで提供されている。自然と向き合って、ありのままに造られる自然派ワインの生産者に共感。「nacolでは良質な素材の良さが引き立つ料理を出しているので、ワインもナチュラルなものが合うと思います」と家亀さん。料理とワインの両方で素材の良さを引き立て合う食体験が始まる。

生ハムブリオッシュ✕スパークリングワイン

生ハム発酵バターブリオッシュ(コース5,500円または8,800円の1品目、アラカルト1P 900円、2P 1,800円)

nacolに来て必ず食べたいのが「生ハム発酵バターブリオッシュ」。四角いテリーヌ型で焼き上げられたバターたっぷりのブリオッシュに、発酵バターと生ハムがのせられたシンプルな一品。現在はイタリア産が輸入禁止のため、主にフランス産の生ハムが使われている。今回は、フランスのバスク豚から作られたバイヨンヌの生ハムが極薄にスライスされ、花びらのように可憐に盛り付けられている。

極薄にカットできるスライサーのおかげでふわふわの生ハム体験ができる

nacolでは生ハム用のもも肉ブロックが使われているが、赤身の多い部分はカットして料理に使われ、やわらかな脂身の部分だけが注文を受けてから極薄にスライスして出されている。「生ハムは熟成期間の長いほうが良いと思われがちですが、長いと塩分が高く乾燥したものになります。今回使用したジャンボン・ド・バイヨンヌは12カ月熟成なので、ふわふわで塩分よりもうまみや甘みがたっぷりです」と家亀さん。生ハム発酵バターブリオッシュをパクッと口に入れると、焼きたてのブリオッシュに発酵バターがじゅわっとしみて、さらに生ハムのうまみがふわっと溶けあう衝撃のおいしさがやってきた。

コル・タマリエのヴィーノ・フリッツァンテ2021(グラス1,000円、ボトル7,000円)

生ハム発酵バターブリオッシュに合わせたいのは、イタリアのフリッツァンテ。「心地よい泡とほどよい酸味がスターターとしてもよいですし、生ハムによく合います」と家亀さん。ややにごりがあって果実味がまろやかでやや苦みを感じるスパークリングワインがバターの香りのブリオッシュと生ハムの味に調和していた。

生ハム盛り合わせ✕濃厚白ワイン

生ハム2種盛り合わせ(Sサイズ1,800円、Mサイズ3,000円、Lサイズ4,200円)*写真はMサイズ

生ハムをたっぷり食べ比べたい人におすすめなのは「生ハム2種盛り合わせ」。今回は、ブリオッシュにものっていたジャンボン・ド・バイヨンヌ12カ月とジャンボン・ド・アルデュード14カ月の食べ比べができる組み合わせ。ジャンボン・ド・アルデュードはバスク地方特産の唐辛子を擦り込んで熟成させるため、スパイシーな香りが漂う。

ラディコンのオスラーヴィエ2018(グラス2,600円、ボトル1L 25,000円)

生ハム盛り合わせには、ラディコンという有名な生産者の白ワインがおすすめ。「生ハムの塩味とコクに合わせて、おなじくしっかりとした味わいのある濃厚な白ワインをペアリングしました。どちらも素材に力があるので、相乗効果でおいしさが増すイメージです」と家亀さん。素材の良さを楽しむ贅沢なマリアージュが体験できる。

東京ビーフ✕ジューシー赤ワイン

東京ビーフ イチボ 年間70頭希少黒毛和牛(アラカルト4,500円)

東京ビーフのイチボはローストして、マデイラやトリュフを使ったペリグーソースで仕上げられている。「東京ビーフは年間70頭しか生産されない、幻の黒毛和牛です。放牧して育てられていて赤身がしっかりしていますが、脂身もほどよくあります。水分量もある肉質なのでとてもジューシーです」と家亀さん。

ラルコのロッソ・デル・ヴェロネーゼ2020(グラス1,300円、ボトル9,100円)

東京ビーフのローストに合わせてもらったのは、イタリアのラルコの赤ワイン。「脂身が甘いので、果実味に完熟した甘みのあるこちらの赤ワインがおすすめです。完熟しているといっても、フレッシュ感があるので、お肉を重たくせずにおいしく食べていただけます」と家亀さん。肉のうまみと赤ワインの甘みが充実したマリアージュを叶えていた。

家亀さんの「私が恋した自然派ワイン」

アルド・ヴィオラのエジェスタ2017(グラス1,500円、ボトル9,500円)

家亀さんが恋した自然派ワインは、イタリアのシチリアで造られたオレンジワイン。

「こちらはグリッロというシチリアを代表する品種で造られたオレンジワインです。味も骨格もしっかりと主張があるのですが、前菜でもお肉でもパスタでも何でもオールマイティに合わせられます。酸味のバランスがいいのがその理由です。これだけ主張があるのに何でも合わせられるというのが、自分の目指しているレストランのスタイルに共通するものがあって大好きですね。ぜひボトルで頼んでコースと合わせてみてください」

イタリアの自然派ワインを中心にラインアップ

nacolではイタリアの自然派ワインを中心に、フランスやオーストラリアなどのワインが用意されている。「生産者やラベルにストーリーがあるものを選んでいます。nacolでは僕が料理を作ってワインを選んでいますが、どちらも主役でありたいと思っています。料理に合わせてワインを選ぶこともありますが、その逆もあります」と家亀さん。グラス10種類(1,000〜1,500円)、ボトル40種類(7,000〜10,000円)のなかからおすすめを選んでもらおう。

素材の持つ力をダイレクトに感じる食体験

生ハムは7キロや12キロの塊で仕入れられている
外観

nacolは丹精込めて作られた素材との出合いが果たせるレストランだった。力のある素材から作られた料理は、食体験としていつまでも心に残る。そんな時間を過ごしてみたい人は、浅草の観音裏をめざしてみよう。

※価格は税込、サービス料5%

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:山田大輔