〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

少量多皿に逆行した満足度の高い4皿コース

内観

昨今のレストランのコース料理といえば、10皿以上のいわゆる “少量多皿”が普通になっている。次々に華やかな一皿が来るのは楽しいが、一皿のボリュームがしっかりあるコースには何といっても満足感がある。銀座の泰明小学校近くの路地にある「イヴォワール」は4皿とデザート&コーヒーという昔ながらのスタイルのお任せコース(9,600円)を提供するビストロ。銀座という土地にありながらインバウンドの利用はほとんどなく、足繁く通う常連が多いという。表に小さな看板があるのみの隠れ家という立地も「あまり人に教えたくない」という気持ちをくすぐるのだろう。

左からオーナーシェフの藤井航也さん、ソムリエの佐藤圭介さん

4皿のみのコースにしたのは、オーナーシェフ藤井航也さんの料理に対する思いから。「フランス料理のおいしさをしっかりと感じてもらうには、必要な量があると思っています。例えばパイ包み焼きは中にいろいろな要素を入れるのである程度の量がないと満足感がありません。コースで料理を堪能してもらうのには4品がベストだと思っています」

一皿一皿をじっくり味わってほしいのは、厳選した素材を使っているからでもある。肉料理に使われる羊肉は、北海道・十勝産の契約牧場から一頭買いで仕入れられている。そんな料理には、フランスを中心にした個性のある自然派ワインを用意。ペアリングコース(コースとセットで4杯15,600円)もあるが、フレキシブルに1杯ずつグラスワインを選んでもらうのも、おすすめだ。

ズワイガニのコンソメジュレ✕スパークリングワイン

ズワイガニ カブのブランマンジェ コンソメのジュレ(コース9,600円の前菜)

ある日のコースの前菜は「ズワイガニ カブのブランマンジェ コンソメのジュレ」。常連にファンの多いイヴォワール定番の前菜の一つ。ブランマンジェにしたカブが丸くこんもりと盛り付けられ、その上にたっぷりのズワイガニとコンソメジュレがかけられている。風味のあるカニのうまみに、クリーミーなやさしさのカブとコンソメジュレが重なった一体感がおいしい一品。冬のごちそうが詰まった前菜がコースの期待を高めてくれる。

ヴァンサン・グロスのプレリュード2020(グラス1,300円、ボトル7,600円)

前菜におすすめのワインはフランス・アルザス地方のスパークリングワインであるクレマン・ダルザス。「こちらはボリューム感をおさえてすっきりしたスパークリングワインで、カニやコンソメのジュレにとてもよく合います。1杯目としてスムーズに口に運びやすいワインです」とソムリエの佐藤さん。ほどよく引き締まった味わいだが、コクや苦みはしっかりあって、前菜にきらびやかさを与えていた。

ヒラメのパイ包み焼き✕ほんのり甘やか白ワイン

ヒラメのパイ包み焼き アメリケーヌソース(コース9,600円の魚料理)

魚料理には旬の魚を使った一皿が提供される。「ヒラメのパイ包み焼き アメリケーヌソース」はヒラメと、ズワイガニやほうれん草を練り込んだホタテのムースで構成されている。キャベツで包まれたヒラメの身はしっとりと軟らかく、パイの香ばしさが一緒になると、サクサクとした食感との違いが楽しめる。さらにアメリケーヌソースの魚介の風味が贅沢にマッチ。一皿の幸せをしっかりと噛みしめることができる。

アレクサンドル・バンのラ・ルヴェ2018(グラス1,600円、ボトル9,500円)

ヒラメのパイ包み焼きにおすすめなのは、フランス・ロワール地方のソーヴィニヨン・ブラン。「貴腐菌がついたブドウを数%使う事により、芳醇な香りと蜜のような甘みをアクセントに加えています。それが魚介のパイ包み焼きととてもよく合います」と佐藤さん。熟した味わいの中にフレッシュさや酸があって、魚介類とも調和していた。

仔羊もも肉のステーキ✕エレガント赤ワイン

ステーキにしてしっかり食べごたえがある量が使われている

コースのメインとなる肉料理には、羊が使われることが多い。日本に流通する羊肉はほとんどがオーストラリアやニュージーランドから輸入されたものだが、イヴォワールでは十勝産の契約農家から一頭買いで羊が仕入れられている。こちらのラム肉は、ラム独特の香りは控えめで、さっぱりとジューシーで特有のうまみがあるという。毎日、さまざまな部位が使用されているため、新たな発見をすることもできる。

十勝産 仔羊もも肉のステーキ エシャロットソース(コース9,600円の肉料理)

イヴォワールでは、ラム肉がステーキで出されることが多い。「こちらのラム肉は豪快に焼き付けると、いい香りが出てくるので、その感覚を味わってほしいですね」と藤井シェフ。ランプに近い適度にサシの入ったもも肉はやわらかな食感。焼くことで甘い香りが漂い、香味の利いたエシャロットソースがそのラムの味を引き立てていた。

フレデリック・コサールのヴェルシオン・スッド(グラス1,600円、ボトル9,500円)

ラム肉におすすめのワインは、南仏のカリニャンとグルナッシュを使った赤ワイン。「こちらの赤ワインはほどよい野性味を感じさせながらも果実味に溢れたやさしい味わいなので、素材のうまみを引き出した肉料理に合います」と佐藤さん。柔らかな果実味がありつつ、ミネラルの透明感のある口当たりで、ラムのジューシーさをきれいにまとめてくれていた。

佐藤さんの「私が恋した自然派ワイン」

ヴァンサン・グロスのヌーウェグ2020(グラス1,800円)

佐藤さんが恋した自然派ワインは、見た目からインパクトのあるアルザスのマグナムボトル(1.5L)のワイン。

「こちらはゲヴュルツトラミネールのオレンジワインです。マグナムボトルをグラスワインで使用することに抵抗がありましたが、いざ使ってみると開けたての華やかな香りを纏ったワインが、時間の経過と共に酸化熟成が進み、落ち着いた雰囲気の深みを持った味わいに変わっていきました。その変化をお客様に楽しんでいただいています。

アルザスのマグナムボトルは通常のマグナムボトルより長いので、お客様に“飲んでみますか?”とご提案すると、うれしい驚きがあるようです。私にとって、サービスの幅を広げてくれた自然派ワインです」

フランスの自然派ワインをラインアップ

イヴォワールでは、フランス料理に合わせてフランスを中心にした自然派ワインが用意されている。「コースに合わせてワインの流れを大切にしているので、バランスのいいワインやボリューム感のあるワインなど、さまざまなタイプを揃えるようにしています」と佐藤さん。グラスワインは常時10種類(900〜1,800円)、ボトルワインは50種類(5,200〜25,000円)と品揃えも申し分ない。好みとコースに合わせて佐藤さんにワインセレクトをお願いしよう。

扉の先は、くつろぎの空間

藤井シェフはソースへのこだわりも強く、雑味が出ないように繊細な配慮がある
外観

イヴォワールはエレベーターのない小さなビルの3階にあり、扉から店内が見えないのでふらりと入るには勇気がいる。しかし、扉を開けるとその先にはくつろぎの空間が待っている。4皿のみのコースは一皿一皿にじっくりと向き合うことができるので、ゆったりとした時間の中で食事とワインを楽しむことができる。満足度の高いフランス料理が味わいたいときには、ぜひ足を運んでみてほしい。

※価格はすべて税込、サービス料10%

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:山田大輔