年に1回、食べログユーザーからの投票で決まる「The Tabelog Award」。全国に星の数ほどある飲食店から選び抜かれる受賞店の魅力を伝えるとともに、店主の行きつけの店をご紹介。広尾のイタリアン「ボッテガ」のシェフを魅了する名店とは?

〈一流の行きつけ〉Vol.15

イタリアン「ボッテガ」広尾

高評価を獲得した全国の店の中から、さらに食べログユーザーたちの投票によって決定する「The Tabelog Award」。どの受賞店も食通たちの熱い支持によって選ばれただけに、甲乙付け難い店ばかりだ。

当連載では一流店のエッセンスを感じてもらうべく、受賞店の魅力やこだわりとあわせて店主が通う行きつけの店を紹介する。

第15回は、2019年から4年連続でBronzeを受賞しているイタリアン「ボッテガ」。イタリアの郷土料理をバックボーンにオリジナリティをプラス、個々のお客様に寄り添う一皿を提供する星付きシェフ、笹川 尚平(ささかわ しょうへい)氏にお話をうかがった。

イタリア郷土料理の伝承を読み解き今に生かす

写真:お店から

日本を代表するイタリアンの名店「アロマフレスカ」で腕を振るい、系列店である「カーザ・ヴィニタリア」のオープンと同時にシェフに就任。そこで5年連続ミシュラン一つ星を、2017年に独立して開いた「ボッテガ」ではオープンから6年連続一つ星を獲得する快挙を成し遂げている、実力派シェフが笹川氏だ。

お話を伺って驚いたのは、料理人としてのスタートは、吉祥寺にあった老舗中国料理店「竹爐山房(ちくろさんぼう)」ということ。中国料理のシェフを目指して富山県から上京し、都内のさまざまな店を食べ歩く中でイタリア料理に出合い、そのあまりのおいしさに衝撃を受け、料理への情熱をイタリア料理に注ぐ決意を固めたという。

写真:お店から

笹川氏が特に魅せられたのはイタリアの郷土料理だ。都内のイタリアンで修業しながら、語学や資金など現地に渡るための準備を整え、美食の都ピエモンテ州を皮切りにカンパーニア州、トスカーナ州で研鑽を積み帰国した。

もともと食文化に興味があった笹川氏。それらを知り、深掘りしたいと「カーザ・ヴィニタリア」のシェフ時代には、イタリア全土20州の郷土料理の伝承がまとめられた、イタリア郷土料理のバイブルとも呼ばれる本を2年がかりで全訳。そのページ数はなんと1,200、レシピ数は2,000というから驚きだ。

さぞ大変な作業かと思いきや「勉強しているというより楽しくて仕方ない、楽しみながら知識と理解を深めていったという感じです」と笹川氏。

続けて「古いレシピにも新しい発見があります。全訳した内容を州ごとにまとめ直したことで、肉や魚、野菜、ハーブ、油脂、乳製品、アルコールなど、州ごとに異なる“組み合わせの妙”が見えてきました。そこから得たものに自分らしさを加え、お客様にどういう一皿にしてお出しするか、そこに力を注いでいます」。

カウンターキッチンがよい意味での緊張感をくれる

.ダイアン.
出典:.ダイアン.さん

地下に続く階段を下り、小さな扉を開けると広がるのは、キッチンに臨むカウンター8席とテーブル席が2つ。カウンター内に立ち、和やかな会話を挟みつつ、手際よく丁寧に料理を仕上げていく笹川氏だが、実は「カウンター越しに料理をするのは自分の店が初めてで、6年経った今でも緊張します」という。

もともとは20坪、テーブル席メインの店をイメージしていたが物件探しに難航。そんな中、自身のフィーリングに合うと決めたのが10坪、カウンター席主体の現在の店舗だ。「木材加工が得意な施工会社で、会話のキャッチボールをしながら希望を汲んでもらい、今のような空間ができあがりました。カウンターの木材も自分で選ばせてもらいました」

うどんが主食
出典:うどんが主食さん

ちなみに「ボッテガ」は“工房”という意味。肉を焼く音、鍋を振る音、立ち上る香りなど、あふれる臨場感はまさに“工房”、この店にふさわしい店名だ。

「カウンター越しに、いろいろなバックボーンを持つお客様と会話することで、日々自身も成長させていただいています。一皿のボリュームや塩分、脂身はどうかなど、ダイレクトにさまざまな反応を得られるのも、小さいお店ならではの強みです」

新メニューを食べた感想を伝え、ミシュランや百名店に選ばれた際には応援の言葉をかけてくれるなど、ゲストとの触れ合いが大きな励みになっているという。

大切にしたいのは季節感とアラカルト

まあタソ
出典:まあタソさん

笹川氏のイタリアンは、現地で見て、食べてきたイタリアの郷土料理をバックボーンとするが、現地と全く同じ食材が使えるとは限らず、お客様は日本人。そこを埋めるのは、笹川氏が培って得た知識と工夫であり、大きな腕の見せどころ、多くの支持を得ている理由であろう。

そんな笹川氏が大切にしたいと話すのは季節感、そしてアラカルトだ。「今、おまかせコースのみという店が増え、アラカルトを出す店が少なくなってきていますが、その日その時、何が食べたいか。気分で選ぶ楽しさがあるアラカルトは、これからも大事にしていきたいですね」

どこまでも一人ひとりに向き合う姿勢を大切に、今日もカウンターキッチンに立つ笹川氏。飽くなき探究心と自由な発想で創り出される星付きシェフの一皿は、多くのゲストを魅了してやまない。