【森脇慶子の新店開拓】第6回 ケジャンオールスターズ

 

“カンジャンケジャン”――。

別名、ごはん泥棒とも言われるこの料理をご存じの方も多いことだろう。言ってみれば、コリアン風“カニの塩辛”といったところで、韓国語で“ケ”は蟹、“ジャン”は醤を指す言葉。ちなみに“ジャン”とは、味噌(テンジャン)や唐辛子味噌(コチジャン)など、韓国伝統調味料の総称を表す言葉だそうだ。韓国では、イシガニやチュウゴクモクズガニなどでも作るということだが、一番ポピュラーなのは、やはりワタリガニ。醤油味の辛くない“カンジャンケジャン”と辛口のタレに漬けた“ヤンニョムケジャン”の2種類があり、日本では、焼き肉店などでも時折見かけるヤンニョムケジャンの方が、おなじみの味のようだ。

 

 

しかし、ルーツを辿ってみると、歴史的にはカンジャンケジャンの方が古く、1670年頃、慶尚北道英陽郡の李時明夫人、張桂香先生が著した調理書「飲食知味方」には、その原型と思われる料理が残されている。“薬ケジョッ”と呼ぶ料理がそれで、醤油や胡麻油、生姜、胡椒、山椒を混ぜた薬味醤油に蟹を漬け込んだもの。この“薬ケジョッ”の発展系が、現在のカンジャンケジャンと考えられている。一方、ヤンニョムケジャンを食べるようになったのは近年になってからのことのようだ。

 

韓国新沙駅付近には、“カンジャンケジャン通り”なる名所!?もあるほど、韓国では人気の高いカンジャンケジャン。その専門店が、11月1日、東京は西麻布の裏手にひっそりとオープンした(プレオープンは10月17日から)。その名も「ケジャンオールスターズ」!!

 

 

「韓国人にとってケジャンは高価な食べもの。自分へのご褒美に食べに行くような感じかな」とは、ご主人の鄭寿福さん。この名を聞いてピンときた方は、かなりの焼肉通。そう、新大久保の予約の取れない焼肉店「ホルモン船ホールちゃん」のご主人で、日々、肉と向き合ってきた熱血料理人だ。肉メインのコースオンリーの同店だが、肉の合間に、時折出していたカンジャンケジャンが大好評! これを楽しみに来る客も次第に増え「ならば専門店を」ということに相成ったよう。と、同時にこの“カンジャンケジャン”、鄭さんにとっては“渾身の一品”だったことも事実。味に覚えあり!と一品(一発)勝負に出たわけだ。

 

 

料理は今のところ 、ケジャンコース(8,000円)一本。まずは、牡蠣の塩辛と鱈のチャンジャ、海鮮ミックスチャンジャにキムチ、サラダがテーブルに並ぶ。いずれも韓国直送で、とりわけ、牡蠣の塩辛は、下戸でもハマる美味しさ。お酒はもちろん、温かいご飯を初っ端から所望してしまったほどだ。ほどなくして、「ホールちゃん」でもおなじみのマッシュルームの炭火焼、続けてチヂミが登場。取材当日は、旬の牡蠣のチヂミ。たっぷりの野菜と、中心を塩梅よく半ナマに仕上げた牡蠣のとろっとした食感に頬が緩む。

 

ここでいよいよ“カンジャンケジャン”のお目見えだ! うるっとした光沢のあるオレンジ色の蟹味噌、そして透き通るような身が美しい。そう、美味しい食べ物は、まず、その佇まいが美しい。飾り付けも何も無くともただそれだけで、食欲を掻き立てるオーラに満ち溢れているのだ。

 

 

殻ごとしゃぶりつけば、蟹味噌のとろけるような甘みがたまらない。甘みはあるが、ウニほどの濃厚さではなく、あくまでも軽やか。鮮度がいいのだろう、 とろりとした中にも、僅かに舌を跳ね返すようなプリっとした弾む食感が快感。官能的でありながら、どこかみずみずしい。それは身も同じで、味付けは控えめ。香辛料や調味料に邪魔されぬワタリガニ本来の端正な味わいが、ストレートに伝わってくる。全ては、上質なワタリガニを厳選、丁寧な下ごしらえをしていればこそ、だろう。

 

タレは、鄭さんのオリジナル。昆布と鰹節の出汁をベースに、しじみ醤油や薄口醤油など数種類の醤油をブレンド。リンゴや梨で自然な甘みをつけ、生臭さを無くすため薬草3種を加えているそうだ。

 

「うちで使っているのは日本のワタリガニ。佐賀県や愛媛県を始め全国で取れるワタリガニを、卵やカニ味噌が一番多くなる5月後半から6月中旬頃までの2〜3週間で一年分買い取ってすぐに漬け込み、冷凍保存している」そうで、その数なんと約1トン!

 

 

一杯平均400g前後のワタリガニを仕入れているそうだが、「大きさよりも、身がずっしり重いカニの方がいい。それもお腹のところがピンクがかっているワタリガニ。卵をいっぱい持っている証拠だからね。プランクトンが豊富な内湾にいるワタリガニの方が味がのっていて旨い」と鄭さん。カンジャンケジャンは一杯2人前だが、食べ応えは充分。蟹の身を頬張る醍醐味を味わえるはずだ。

 

さて、お次は肉の出番。本店が「ホルモン船ホールちゃん」だけあって肉のクオリティもさすが。“ハラミの叩き”や“レバーの叩き”、“ハツ焼”や“オリーブ牛のランプ”など日替わりで2種類の肉料理を提供している。

 

 

ケジャン2番手は“ヤンニョムケジャン”。こちらも2人で一杯で、両方合わせて一杯のケジャンを平らげることになる。ヤンニョム(辛口)とは言っても、よくありがちな激辛甘口系とは一線を画す上品な辛味が印象的だ。聞けば、やはりタレは鄭さんの特製。2種類の韓国唐辛子に梨やリンゴのフルーツ、にんにく、醤油……と、ここまでの材料は、だいたい想定内。だが、ここに秘伝?の自家製梅シロップと玉ねぎシロップを加えるのが、鄭さん流だ。まろやかな甘みと酸味と辛味のバランスも絶妙。ワタリガニ本来の味を満喫して貰おうとあえてタレにあまり漬け込まず、ベースのカンジャンケジャンをタレでさっと和える程度。「1〜2時間ほどで大丈夫」だそうだ。

 

 

ケジャンを満喫したところで“ケジャンチャーハン”が登場。さっきまで炭台の上で、甲羅ごと炙られていたものだ。実はこれ、チャーハンとは言っても、ご飯を炒めているわけではなく、ご飯に蟹味噌やカンジャンのタレなどを混ぜこみ、蟹甲羅に詰めた一品。甲羅ごと焼くことで芳ばしい香りをプラス。それだけでも文句なく美味しいはずだが、ここで、更にバージョンアップ。ウニとイクラをダブルトッピングするという贅沢さだ。これを韓国海苔で巻きながら頂くスタイルも楽しい。

 

そしてシメは“蟹スープ”。もしくは、お腹に余裕があるのなら“ケジャンラーメン”もOK! 流行の糖質ダイエットもなんのその。今のところ、W炭水化物ご注文のお客様が圧倒的に多いそうで、ご覧の前古未曾有!?の“ケジャンラーメン”が大人気。

 

 

韓国の羽釜でじっくりと煮込まれたモスグリーンのスープは、蟹の風味たっぷり。
それというのも、漬け込んではみたものの身が溶けて、生の状態では出せないカンジャンケジャンを殻ごと入れているため。味付けはこの蟹出汁と味噌のみ、のシンプルさながら味わいは深く、青唐辛子の爽やかな辛味が旨味をひきしめている。

 

 

麺は、特注のストレート麺。「博多ラーメンをややもっちりさせた」食感はラーメンとはまた別物。どちらかといえば中華そばに近い印象だ。

 

 

夜中の2時までの営業と、飲んだ後の一杯にもおすすめ。また、夜10時以降は、軽めのコースやアラカルトもOK。カウンターのみのこぢんまりした店内は、一人でもふらりと立ち寄れる気さくな雰囲気だ。出かける前には、一報いれ、席を確認した方が無難だろう。

 

取材・文:森脇 慶子

撮影:大谷 次郎