そもそも回転寿司の存在意義とはなんだろうか? 回転寿司が誕生してから六十余年の月日が流れ、長らく「安く寿司が食べられる場所」として親しまれてきた回転寿司も急速に変革を遂げている。
人々が回転寿司に求めるものは実に多様化し、それに呼応するように従来の価値観とは異なる店が登場しているのだ。今回紹介するのは、そんな回転寿司の存在意義を示している、今年注目したい新店3店舗である。回転寿司の新たな「挑戦」を見届けていただきたい。
1. 江戸前寿司をお手頃価格で!「廻転鮨 銀座おのでら本店」
昨年10月のオープン以来、回転寿司の常識をことごとく打ち破ってきた「銀座おのでら本店」。高級寿司店が手掛けた店として人気を誇っているが、この店から感じられるのは、寿司を握ることに「回転」も「立ち」も関係なく、行うべき仕事をきっちりと成し遂げれば人々の心を捉えることができる、ということだ。
寿司店が回転寿司業態に進出すること自体はそれほど珍しいことではないが、「銀座おのでら」がほかの回転寿司店と決定的に違うのは「江戸前寿司」へのこだわりである。
たとえば、回転寿司には欠かせない冷凍魚に関しては、高級回転寿司と言われる店でもその性質上、相当量を使わざるを得ない。しかしこちらでは、生での扱いが厳しいほんの一部の商品にしか冷凍魚は使用しておらず、基本本店で使用している魚と同じものを使い、仕込み方もまったく一緒だという。
なるほど、「銀座おのでら」はこれまでになかった江戸前寿司をリーズナブルに提供する回転寿司店を目指しているということか。回転寿司のメリットである手軽さは客だけの恩恵ではなく、店にとってもオペレーションの簡略化をはじめ、職人育成や食材調達など多大にある。だからこそ、各企業が回転寿司に魅力を感じ参入しているのだとも言える。
しかし「銀座おのでら」はそれらメリットをすべて捨てて、たった一点「来店のハードルが下がる」という回転寿司の看板力のみを利用することを選んだということだ。既存の回転寿司の概念では推し測れないのも当然だろう。
以下、「銀座おのでら」で江戸前の仕事を感じられる寿司を紹介したい。ちなみに、江戸前の寿司には煮切り醤油が塗られている。角の取れたまろやかな味わいの醤油で食べる寿司を堪能してほしい。
回転寿司で仕込みを行っている数少ない寿司である小肌も「銀座おのでら」が手がけるとこうなってしまうのか、というくらいに唸らされる。こちらの小肌はキリッとした酢の味わいが印象に残り、つんと鼻を抜けていく余韻に心地よさを感じるほどで「これだよ、これ」と思わずひとりごちてしまう旨さ。「銀座おのでら」のブランド力がよくわかる一品だ。
日本一のマグロ仲卸との呼び声が高い「やま幸」から常時本マグロを仕入れることができるのは回転寿司では「銀座おのでら」しかないだろう。その意味でも店を代表する寿司であると言える。
今は大手チェーンでも本マグロの大トロが300円ほどで食べられるが、しっかりと熟成させたマグロの味わいは格別で、口の中で溶け出す脂の質が恐ろしく違うことに呆然とするかもしれない。「今まで食べていた本マグロの大トロはなんだったのか」と思ってしまうほどの味わいである。
回転寿司店の漬けネタは残念ながら江戸前の手順をいくつか省いていることが多く、油断すると漬けだれに漬け込んだだけの寿司になっているものも多い。「兄貴になった(古くなった)から漬けにして出すか」という意識なのだろうか、おいしいマグロの漬けを提供したいという志が表れた寿司に出会ったのは数えるほどしかない。
しっかりと仕事がされているこちらの漬けの味わいからは、マグロの持つ旨味の何たるかを感じることができる。ここのマグロ寿司はいわゆる「銀座の味」だ。
「自家製煮穴子」の、何年も継ぎ足している煮汁で炊き上げた穴子のふっくら加減、ツメのコクは簡単に真似ができるものではない。特に既成のツメは添加物などの嫌な甘さが気になって仕方がなかったので、キレさえ感じるこの味わいにはなんともホッとする。是非とも食べていただきたい寿司である。
赤酢の酢飯は米の粒感がしっかりと感じられ、ふんわりとした人肌の温もり。個人的には甘さが抑えられているのがうれしい。
こちらは北海道産のバフンウニとムラサキウニの食べ比べで、赤シャリとの相性の良さが際立つ。ウニの風味がしっかりと感じられ、心地よい余韻が残る。酢飯の存在感をより実感できる寿司である。
かんぴょうまで店で仕込んでいたとは驚いた。職人さんに話を聞いたところ、とにかく「銀座おのでら」の総料理長である坂上暁史氏のやり方を徹底的に仕込まれ、厳しいチェックのもとに仕事を行っているとのこと。
筆者は〆にわさびをたっぷりと入れた「鉄砲」(わさびを入れたかんぴょう巻き)を食べるのが好きなのだが、もちろんこちらで使用されているのは本わさび。回転寿司では不人気寿司の上位に入るかんぴょう巻も、ここでは不動の〆寿司に君臨してもおかしくはない。
さて、これまでにも「そんなに高い寿司を食べるなら普通の寿司店に行くけど」「回す必要はあるのか?」と散々言われてきたが、普通の寿司店に行ってもこのレベルの寿司をこの値段では食べることはできないし、回転寿司という業態だからこそ来店しやすくなっていることは無視できない事実だ。
この店に来てとにかく驚いたのは若者が多いこと、そして高級回転寿司店の倍以上にもなりそうな客単価であるにもかかわらず、平日の午後でもひっきりなしに客が訪れていることだ。若者でなくても銀座の寿司店はハードルが高く、行ってはみたいけどその勇気がないという方にとって、この店の価値は絶大だ。そうか、江戸前寿司とはこういうものなのか、といつもの回転寿司との違いを実感できることだろう。