〈僕はこんな店で食べてきた〉

この半年、新型コロナウイルスの影響で飲食店の状況は様変わりした。とにかく人が外に出ないのだから飲食店に訪れるはずがない。緊急事態宣言が解除され、少しずつ飲食店に客が戻ってきたのもつかの間、第二波が訪れ、8月の飲食業界はまた大変な状況に陥った。9月になってだいぶ盛り返したと聞くが、不安定な状況には変わりない。

ただ、そんな中でも客が入っている店と入っていない店の差は歴然としている。細かく分析すればさまざまな要因を指摘することはできるが、わかりやすく言えば「常連客を掴んでいるか」と「状況に対応して変化できたか」の二つだろう。

限られた外食の回数の中でどこに行こうかと思ったとき、評判が良いとしても初めての店に行くよりは、気ごころの知れた店に行って応援しようと思うのが人情だろう。

また、限られた客数のどの層を掴めばよいか常に研究し、早い段階で方向性を変えられた店は落ち込みが少なかった。

コロナ禍でも、客のニーズを掴んだ店

十番右京
十番右京   写真:お店から

たとえば、麻布十番の居酒屋「十番右京」。コロナ禍が始まった初期からデリバリーにシフトし、弁当やおつまみなど、20種類を超えるデリバリーメニューをそろえた。

当時、飲食店の店主と話していると「デリバリーサービスは手数料が高すぎるからなあ」などと様子見のところが多かったが、オーナーはいち早く長期化すると判断したのだろう。デリバリーがまだ珍しかったからこそ、テレビやネットでもたくさん取り上げられ、客の増加にさらに拍車がかかったというわけだ。

ぎりお
ラ・ブリアンツァ   出典:ぎりおさん

六本木ヒルズにあるイタリアン「ラ・ブリアンツァ」はサラリーマンの来店が少なくなったことを察知し、主要客層を女性にシフトしたという。メニュー、ワインリスト、サービスを女性に好まれるスタイルにシフトした結果、ランチは女性客で満席という状況を作り上げた。

船井香緒里(フードライターKaorin)
乃木坂 鳥幸   出典:船井香緒里(フードライターKaorin)さん

都内やニューヨークで焼鳥店を展開する「鳥幸」グループは、飲食店の売り上げが落ち込んだために行き場のなくなった地鶏や銘柄鶏と生産者を応援しようと、通信販売で焼鳥が自宅で楽しめる「焼鳥ミールキット」を開発した。

串だけでなく、オリジナル焼台と専用の調味料や薬味、焼き師による焼き方のアドバイスをするYouTubeの動画配信までついているから、文字通り自宅で焼鳥屋を再現できる。

オリジナル焼台は一度に3串くらいは焼け、煙もあまり立たない。家のベランダでビール片手に楽しめば、予想以上に楽しい。私の周囲でも多くの食いしん坊が買い求め、「おいしかった!」とSNSに投稿していた。

鳥幸グループも「べランディング焼鳥」と銘打ち、拡販に精を出し、発売から僅か8日間で1,000セットを販売。イートインの落ち込みの補完にも大いに貢献した。

変化を乗り越えてきたからこそ「老舗」となる

これらはどこも、日々の仕事をこなしながら大きな流れの変化に敏感に対応したからこそできた変革だろう。

コロナ禍はたしかにこの数十年で一番厳しい状況だと思うが、思い起こせば、バブル崩壊、狂牛病、鳥インフルエンザ、リーマンショックなど、飲食業界の苦悩は10年に一度くらいの頻度で起きている。そのたびに軽いフットワークで乗り越えられたのが、いまの「老舗」といわれる店だ。

たとえば10年ほど前であれば、「老舗が通販を行うなんて」という意識があったろうが、いまはそんなことはない。というのも、冷凍技術が進歩し、素人が食べてもほとんどわからないところまで来ているからだ。

つきじ治作 出典:伊藤たかさん

「つきじ治作」は、昭和6年に博多から進出した都心部で一番大きな料亭。800坪の敷地には鯉の泳ぐ池を中心に座敷が並ぶが、この料亭の名物は〆の水炊き。「水炊き番」と呼ばれるひとりの職人が一子相伝で門外不出の出汁を守っている。

その治作が始めたのが、自宅で楽しめる冷凍の水炊きの通信販売。徳島県産の地鶏「阿波尾鶏」を使用し、鶏肉入りの門外不出の出汁を冷凍でパック。特製ポン酢もついているから、あとは玉ねぎを用意すればいい。水炊きというと白菜や長ネギが普通だが、治作流は玉ねぎ。出汁が甘くなるという。

最後はうどんでも雑炊でも。通信販売自体はコロナ禍の前から企画されたものらしいが、この状況で果敢に攻めに転じ、通販サイトでも販売している。

そして、これを食べておいしいと思ったなら、ぜひ料亭も体験してほしいと僕は思う。自宅と料亭はやっぱり違うし、銀座との地続きにこんな落ち着く店があるなんて、長く東京に住んでいても知らない人は多いだろうから。

外食の仕方が変化し、客足も増加

飲食関係者と話をしていると、かなりの経営者が、「9月になって、予約が増えてきている実感がある」と話す。ただし、かつてのようにだらだらと食べて飲むのではなく、早い時間、たとえば17時や18時からスタートし、2時間程度で切り上げる会食が多くなったという。ある老舗料理店では「ランチで40人の宴会を受けた」と話していた。

まだまだ「新しい社会秩序」は定まっていないが、変化に躊躇することなく挑戦するしかないということを、いま乗り切ろうとしている若い店、老舗の試みは教えてくれる。

※時節柄、メニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、お店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。
※外出される際は、感染症対策の実施と人混みの多い場所は避けるなど、十分にご留意ください。

文:柏原光太郎