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コンセプトは「素材を慈しみ、人を慈しみ、料理を慈しむ」
2019年4月、建物が取り壊されるのをきっかけに閉店した中華の名店「麻布長江 香福莚」。そこのオーナーシェフだった田村亮介さんが、南青山に「慈華(itsuka)」をオープンさせた。この店は「麻布長江」をベースとして、さらに田村さんのこだわりを随所に詰めこんだお店だ。
2019年12月9日に、外苑前から徒歩3分のところに開店した「慈華」。コンセプトの「素材を慈しみ、人を慈しみ、料理を慈しむ」から「itsuka」と名付けた。生産者が精魂込めて育てた食材を、田村さんが素材の味をいかして調理し、それを上質の空間で気持ちよく客に食してもらう。そこは中国だけでない、日本らしい食文化も感じとれる場所であってほしい。オーナーシェフ田村さんが「慈華」で目指すところはここにある。
「僕の実家は下町の中華屋さんだったから、両親はいつも忙しかったんです。でも年に数回、オシャレをして洋食屋さんに行きました。そのときは子供ながらにワクワク、ドキドキして、食事をするのがとても楽しかった。そんな興奮と感動を『慈華』に来るお客さまにも味わってもらいたくてこの店を始めました」と田村さん。
その思いは、案内されたテーブルからも伝わってくる。テーブルセッティングは、定規で測って行うという。アイロンがピシッとかけられたシワひとつないクロスの上に、食器類が規則正しく並んでいてとても気持ちがいい。妥協のない客へのサービスだ。
要望や好みにあわせてカスタマイズできるコース
中国料理といえば、香辛料を使ったソースを食材にからめて食す料理が多いが、田村シェフは素材本来の味を、味わってもらいたいと考えている。だから四川料理の代名詞、麻婆豆腐も、この店では辛さもソースも控えめ。その分、豆腐がしっかりと味を主張する。
メニューはランチ6,000円、10,000円。ディナーは15,000円、23,000円、30,000円のコースのみ。一般的で大衆的な中華料理とは一線を画す田村さんの料理だが、「料理に抑揚をつけて、音楽を奏でるようなイメージの構成を考えているので、コース料理でのご用意で勝負したいと思っています」と言い切る。アラカルトの多い中華料理においてコースだけで勝負する田村さんの覚悟がここでも窺える。
ランチコース6,000円の一例を紹介すると、前菜は小皿に色々な料理が少しずつ並び、懐石料理のよう。一品一品に田村さんの技巧が光る。お膳の左上、柑橘系の香りが特徴の木姜油(ムージャンユ)で和えたきくらげは、さっぱりした後味。右上は麻辣で仕上げたスパイシーなよだれ鶏だ。
左下の一皿は、フォアグラとナツメのテリーヌを紹興酒で味付けたもので、洋と中の競演が楽しめる。中央の市松模様は、富有柿と人参と大根をゆばでまとめたもの。キンモクセイの香りがほんのり漂う上品な味だ。右下のセリの胡麻和えがほろ苦さのアクセントとなり、香りとともに甘み、苦み、辛味など様々な味覚を揺り起こしてくれるかのような膳に仕上がっている。
メインの魚料理は和歌山のサワラを使った逸品。淡白な赤身魚に、乳酸発酵させた四川伝統のピクルスを炒めたソースを合わせて、アクセントをつけている。漬物はもちろん自家製。人参、大根、キャベツなどの野菜から出る旨味と淡い塩味と、付け合わせのちぢみホウレンソウの甘さ、そして酸味がちょっぴりきいた優しい味だ。
「精進スープ麺」は透きとおったスープに、すりゴマがたっぷりかかっている。スープは干ししいたけでとった出汁と、昆布出汁に緑茶の葉を入れて抽出した2種類をブレンドしている。少しの塩で味を調えただけのシンプルなスープだが、それぞれの出汁のうまみが深いコクとなっている。お腹がいっぱいでも最後の一滴まで残さず食べられる。
コースの内容は、季節や仕入れによって変わってくる。また食べる人の好き嫌いなどをヒアリングし、内容を決めていくのでメニューはない。「お客さまの要望には、できるかぎり応えていきたいと思っています。だから同じコースを注文しても、隣のテーブルと内容が違うこともあります」。田村さんの細かな心配りがちりばめられたコースだ。
紹興酒からジョージア(グルジア)ワインまでお酒の種類は豊富
おいしい料理には、お酒もかかせない。同店では中国酒として、紹興酒のほか白酒も用意している。中華料理といえば紹興酒と思いがちだが、中国で紹興酒が飲まれているのはごく一部の地方だという。それに比べ、白酒は中国で多くの人に愛されているポピュラーな蒸留酒だ。どちらも取り揃えているので、好みによって楽しめるが、白酒はアルコール度数が40~50度と高い。お酒の弱い人は気を付けよう。
ワインはフランス産を中心に赤、白だけでなく、スパークリングワインも充実している。ジョージア(グルジア)ワインの「シャラウリ・セラーズ ヒフヴィ」は、最近人気のオレンジワイン。白ワインでありながら、種や皮などを一緒につけこんでいるのでオレンジ色をしているのが特徴だ。中華料理店でジョージア(グルジア)ワインを提供している店は珍しく、食材の味を楽しむ田村さんの料理とは相性がいいので、一度試してみてほしい。
ほかにもビール、ウィスキー、日本酒、焼酎、梅酒、果実酒とアルコールは幅広く用意している。そこにも田村さん流のおもてなしがある。「中華料理だから、紹興酒や白酒でなければいけないということはありません。おいしい料理とおいしいお酒を楽しんでいただければと思い、お酒の種類も色々とご用意しています」
料理と器は夫婦みたいなもの。だから器にもこだわる
この店では、繊細な盛り付けと、それにあわせた器も食事を楽しむための演出として外せない。田村さんは「料理がいくらおいしくても、器がそれにあっていないと盛り付けが台無しになってしまいます。料理と器は夫婦みたいな関係ですから」と言う。
当然、器選びにも田村さんの流儀がある。それは、有田焼だ。中華料理といえば景徳鎮が有名だ。その影響を受けている有田焼を使う真意は「有田焼も僕の料理もベースは中国。それを日本で根付かせたいというところが似ているので、僕の料理にはあうのです」。
その一方で、古典だけではなく、現在、日本で活躍している作家さんたちの器も積極的に取り入れている。理由は「現代の日本文化も融合させたレストランをつくりたい」という田村さんの思い描く夢があるからだ。ここから「慈華」は始まり、長年培った中国料理の腕を武器に、その高みを目指している。
木と石をイメージした店内に、今後は中国の文化を取り入れていく
店内は木と石をイメージしてつくられている。正直、中国料理店の雰囲気とは少し違う。「木と石をベースにすると、どうしても“和”になってしまうんです。でも当店は中華料理店。“和”ではダメなんです。だからデザイナーさんとも何度も何度も話し合いました。ここから掛け軸を飾ったりして、中国の文化を取り入れていく作業が始まります」。田村さんが目指す店は、いまも現在進行形だ。
料理、サービス、空間、すべてに最高のパフォーマンスを心がけ、客一人一人に満足してもらえるような店をつくりたい。そんな田村さんの思いがこめられたお店が「慈華」だ。
※価格はすべて税・サービス料別