フードライター・森脇慶子が注目の店として訪れたのは、東京・渋谷に昨年オープンしたばかりのそば屋「半笑」。ミシュラン常連店であり、「The Tabelog Award」「食べログ そば 百名店」選出&受賞の常連店でもある手打ちそば専門店「玉笑」が手がける、“ビーガンそば”の実力やいかに。

【森脇慶子のココに注目 第23回】「半笑(はんわらい)」

2013年以来、ミシュランの星を取り続ける手打ちそばの名店「玉笑」。週末や時分時には、行列も珍しくない同店初の姉妹店がひっそりとオープンしていることをご存じだろうか。その名も「半笑」。場所は、去年11月に開業した「渋谷スクランブルスクエア」の12階という意外な立地だ。

とはいえ、入り口はシンプルな木の扉のみ。看板らしい看板もなく、控えめに掲げられた「半笑」と書かれた表札を見て、初めてここがそば屋であることに気付くといった体なのだ。商業施設にありながら、まるで雑踏を拒絶するかの如き静謐な佇まいはどことなく隠れ家的な趣を漂わせている。

土壁に木目を生かした栃の木のカウンターが、不思議とモダンな雰囲気を醸し出す店内のデザインは、隈研吾氏の手によるもの。ニュアンスのある土壁は左官技能士の挟土秀平氏が手がけるなど、随所にご主人浦川雅弘さんの美学が光る。だが、最も注目すべきは、「半笑」ならではの新メニュー「精進そばコース」だろう。

浦川雅弘さん

浦川さん曰く「ビーガン向けのそばをやってみたいなと思っていたところに、今回の出店のオファーがあって引き受けることにした」のだとか。なるほど、ビーガンそばはかねてより浦川さんの中で温めてきた着想だった由。

 

というのも、「玉笑」には、世界中からミシュランを見た人たちが足を運ぶ。中には、そば=菜食と思い込んで訪れるビーガン実践者の姿も多いそうだが、いかんせん、もりつゆやかけ汁には鰹のだしが入っている。そのため、そばを食べることができず、そばがきと豆腐などのつまみだけを食べて帰る彼らの様子を見て、ビーガン向けのそばを考えていたそうだ。

 

さらに、そこへ自身の経験が拍車をかけた。「家内が始めた玄米と菜食の食事に付き合っていたら、80kgあった体重が3ヶ月ほどで65kgまで減ったんです。しかも食事を通常に戻してからも体重は増えず、体調も良くなった」というのだ。

「黒豆の豆腐」

さて、甘みの濃い生湯葉をのせた「黒豆の豆腐」から始まる「精進そばコース」は、デザートの生姜のアイスクリームまで全6皿で構成されている。豆腐の後は、野菜の漬物、自家製そば味噌、がんもどきの煮付けと酒の肴的な「3点盛り」が登場。野菜の漬物は日によって浅漬けだったり粕漬けだったりと内容が変わるそうで、取材日は粕漬けにわさび漬けとなかなか渋い盛り合わせだ。

「3点盛り」

アツアツのそば味噌は味噌の香りも芳ばしく、一方、しっかりと煮含めたがんもどきは、滲み出るだしが実に優しく控えめ。それもそのはずで、がんもどきにもかけそばと同じく鰹節を使わない。昆布と干し椎茸をベースに人参や生姜、大根の葉に長ネギの青い部分など数種の野菜を入れてとっている。だからなのだろう。がんもどきの豆の風味が損なわれることなく引き立っている。中に入っている枝豆の食感もほど良いアクセントだ。

「粗挽きそばがき」

次に運ばれてきたのは、本店と同じ粗挽きにしたそば粉で作る「粗挽きそばがき」。ムースの如くやわやわとした口当たりにたおやかな甘みを帯びた風味の豊かさが秀逸だ。何もつけずとも十分美味。そば通ならずともどこか心の琴線にふれる味わいだ。

 

そば粉は、常陸太田市水府地区の厳選した手刈り天日干しの常陸秋そばと聞けば、香り高いのも道理だろう。ここまで動物性のものが一切出てこないにもかかわらず、そこに物足りなさは全く無い。菜食ということすら忘れて、素直に満足できるおいしさなのだ。

「ビーガンそば」

そしていよいよ真打の「ビーガンそば」。人参とごぼうの天ぷらが添えられてのお目見えである。この天ぷらの衣にも卵は使わず、水と粉のみ。そばは、無農薬の北海道や茨城、長野のそば粉をブレンドした機械切りのそばを用いている。だが、機械切りと侮るなかれ。そんじょそこらの手打ちには引けを取らない出来栄えだ。それも、そば粉を捏ねるところからのすまでは、きちんと人の手を通していればこそ。歯切れ良く、均整のとれた歯応えの麺は、むしろ温かいそばに向いている。

 

このそばに絡むかけ汁は、がんもどきと同じ精進だし。鰹節を使わずとも椎茸の旨味のせいだろう、味の厚みに遜色はない。更に野菜の甘みや砂糖代わりに加えたアガベシロップが隠し味。舌に残るほのかな甘みが旨味の余韻になっている。ちなみにこのアガべシロップとは、テキーラの原料となるリュウゼツランの根茎から抽出した天然甘味料。白砂糖の1.5倍の甘さを持ちながら、GI値は1/5と低く、くせの無い甘みが特徴だ。

「海老天おろしそば」

最後にデザートの「生姜のアイスクリーム」で口をさっぱりさせたらフィニッシュ。このコースで6,160円。お代わりそばもあり、もり、かけどちらも660円だ。また、精進だけでは物足りないという方には、名物「海老天おろしそば」を是非。

手がかかるため、本店のコースにのみ締めのそばとして出していた知る人ぞ知る人気メニューだ。そのほか、玉子焼きやこの「海老天おろしそば」が出る「天おろしそば」コース6,600円などもある。

 

※価格はすべて税抜

 

 

取材・文:森脇慶子

撮影:佐藤潮