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〈今夜の自腹飯〉
自腹で味わうならうまくなければいけない。自腹で訪ねるなら値ごろ感がなければいけない。そんな大人の飲み助におすすめしたい、今話題の酒場がこちら。早い時間帯も、遅めの時間帯も、「ここで酔うのが楽しい」と言う中井シノブさんにご紹介いただいた。
教えてくれる人
中井シノブ
京都在住ライター。京都を中心に関西の飲食店を取材紹介する。取材店は1.5万軒以上。趣味は外飯、外酒、猫とまったり。「あまから手帖」でコラム記事を連載中。
目立ち過ぎないひそやか感が、心引かれる理由?
五条と聞いて誰もが思い出すのは、牛若丸(源義経)と弁慶が出会った、あの五条大橋(当時の五条大橋は、現在の松原橋だったともされている)ではないだろうか。今も、橋の西詰には、ふたりが立ち会う姿を描写した像が置かれている。そんな歴史名所からもすぐ、東山観光にも便利な大黒町通五条に、めざす酒場「沐」はある。住宅街の一角ということもあって、佇まいはひそやか。モダンなライトや大きく開いた窓から漏れる光に、ここが飲食店だということを知らされる。
この店を切り盛りするのは、料理人の古村光平さんとサービスの森口さくらさん。それぞれに、イタリアンの名店やホテルで長年経験を積んだ。ふたりが出会ったのは、御所西のイタリアン「ヴェーナ」。いつかは独立したいという思いや、目指す店のかたちが似通っていたこともあって意気投合。2023年12月に「沐」を開業した。「ふたりとも、それまで働いていたのはレストランですが、自分たちで開くなら居酒屋的な店にしたいと思っていました。いろんな店や料理にも精通した大人のお客様が、気軽に訪ねてくださったら」と森口さんは言う。
スケルトン状態から、理想のインテリアに改装した店内は、ふたりが目指す大人感たっぷりの空間。特注した深緑のタイルやゆったりとした木のカウンターが心地よい。アンティークの家具やランプといった洗練された調度も上質。あえて器やお酒をカウンター前に並べた気さくさも、腰を落ち着けたくなる理由だろうか。
和洋とりまぜた酒に合うアテの数々。「次はこの料理」と目指し通うリピーターも
すでに「名物」と言われる料理は数々あるが、まず注文してほしいアテのひとつが、この「どて煮 和牛串」。サシの入った和牛のほほ肉を自家製のタレで2時間ほどかけてじっくり煮込み、その後切り分け串に刺す。注文が入ったら蒸して温め、最後にもう一度タレにくぐらせ濃厚な味わいをまとわせるのだ。
味の要ともいえるタレは、鰹節と昆布でとった出汁に、京都の醤油、赤味噌、砂糖、酒などを加えたもの。ほほ肉を長時間煮ることで、そのうまみがたっぷり溶け出す。「どて煮」には「厚揚げ」もあって、こちらはこんがり焼いた厚揚げにタレをかけたもの。優しい味わいの揚げにうまみの濃いタレがからんでうまい。
ほかにも、揚げたて熱々のコロッケをつぶしてつくる「揚げたてコロッケのポテサラ」。具材こそ季節によって変わるが、その意外性に驚かされる「春巻き」。食べたいものは山ほどあるから、決して1度では制覇できない。「次はこの料理を肴に」と心に誓うリピーターが増えるのだ。
ワインがどんどん進むから、もっと料理を頼みたくなる
いまや、人気ナンバー1といえるのが、季節の魚の「レアかつ」。外はサクッとして心地よい噛み応え。中は思った以上にレアなのに、刺身とはまた違う。やさしい温かさに満たされる。「鰤のレアかつ」に添えられるのは、食感のある鬼おろしと、醤油と砂糖のタレで和えた甘辛いニラ。レアかつはそのままでもおいしいが、鬼おろしが合わさると風味が増し、ニラだれを添えると酒が進む。
人気の理由は、なんといっても魚のうまみを実感できるレア加減。刺身でも食べられる新鮮な魚に薄く衣をつけ、まずは高温でさっと揚げる。そのあとは、時間をかけてじんわりと、余熱でしっかり芯まで温める。サクサクで、ふんわりしっとり。この食感は、やみつきになる。
箸が進むもうひとつの理由は、お酒のセレクト。日本酒も日本ウイスキーも、自家製の酎ハイも。料理との相性をしっかり考えたラインアップ。中でも、レストランで長年サービスを務め、ソムリエの資格も持つ森口さんが選ぶワインは秀逸。料理を生かすだけでなく、ワインそのもののおいしさにも気づかされる。クラシックワインとともに味わう「洗練された居酒屋料理の魅力」を、改めて思い知るのだ。