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おしゃれフードトレンドを追え! Vol.39
「素朴でやさしい」がキーワード! 今ここを知っていればオシャレと言われるイタリアン
イタリアンが今、感度の高いおしゃれ業界人たちの心を虜にしている。“イタリアン”と言ってもパスタ、ピッツァ、カツレツというような日本人になじみ深いメジャーなイタリアンではない。今注目されているのは、シンプルで素朴な郷土料理の雰囲気をもつその店独自のクリエイティブなイタリアンだ。ビジュアルも味も、田舎感のあるナチュラルなイタリア料理がファッション関係者たちをぐっと惹きつけている。
80年代後半のイタ飯ブームでは「ボナセーラ!」と威勢のよい掛け声で迎えられる、いわゆる “ボナセーラ系”のコテコテイタリアンが世の中を席巻していた。イタ飯ムーブメントを牽引した恵比寿の「イル・ボッカローネ」のオープンキッチンには生ハムや自家製ソーセージがぶら下がり、巨大なパルメザンチーズをくり抜いてお客の目の前でリゾットにするパフォーマンス、壁にはセリエA選手の写真といった華やかな雰囲気で大いに盛り上がった。そんなイタ飯ブーム以降、オリーブオイルやトマト、モッツァレラチーズなどを使った、南イタリアを中心とした料理が日本の食生活にも浸透し、カプレーゼやカルパッチョといった料理名を今や誰もがスラスラと言えるようになった。
イタ飯ブームから30年あまり経った現在。イタリアンはさらに多様化してきたが、最先端のフードトレンドに敏感な業界人たちが陶酔しているのが、素朴で牧歌的なイタリアンだ。スタイリスト、ファッション雑誌編集者、ファッションPR、デザイナーやアートディレクターなど私の友人のインスタグラムには、毎晩のようにおいしそうなイタリア料理の写真がポストされている。それらはどれもが個人経営のこぢんまりとしたお店で、一品一品丁寧に作られた料理が特徴だ。
「今日はナティーボ、明日はメログラーノ! 」「私は先週チニャーレ行ったよ」「え!? ボッテガ予約取れたの?」「オルランドのトマトとブッラータがね」「〇〇を卒業したシェフが三宿にオープンして」などと連日のように、イタリア料理店の名前をよく聞く近頃だ。食通の知り合い数名に「最近話題のオススメイタリアン教えて」と尋ねてみたところ、即レスで店名が次々と送られてきた。一人につき必ず3軒は推薦したいお店があり絞り込みに時間がかかったのだが、予約が取りにくい人気店とファッションPR女子たちに人気の店に絞って実食してみた。
空間、繊細な料理、全てに感動の名店:チニャーレ・エノテカ(神泉)
井の頭線神泉駅から徒歩15分、淡島通りの裏手に知る人ぞ知るイタリアンの名店「チニャーレ・エノテカ」はある。住宅地にひっそりと建つ一軒家、ドアを開けるとまるでヨーロッパのどこかにトリップしたかのような錯覚に陥る。キッチンを取り囲む無垢の木のL字形カウンター、暗めの照明、アンティークの小道具やロウソク、花の選び方まで温もりがあるのに都会的で、どこか色気がある世界観だ。
北イタリア・ピエスモンテで修行したシェフが作り出すのは、旬の素材がもつおいしさを最大限に引き出す、手をかけ過ぎない繊細な料理。席に着くとまず、きれいに盛られた調理前の食材を一つ一つシェフが説明してくれるところからスタートする。
海老とトマトの甘みを閉じ込めたサクッと食べやすいカナッペ、筍のフリットのバジルソースに山椒味噌添え、サーモンと続く。鰹節とマグロ節でとった出汁に入ったウニのスープは、澄んだ出汁の旨味とウニの甘みが融合し思わず目を閉じて味覚だけに神経を集中させて堪能したくなるおいしさ。短角牛のステーキは上質の赤身が柔らかくジューシーで、自家製生パスタの繊細でツルツルとコシがある。自家製の山椒ペーストや辛味調味料が出され、味変しながら食せるのもうれしいおもてなしだ。この店に来た誰もが感動するもっちりフォカッチャも記憶に残る味で、ラムがしっかりきいた大人のラムレーズンアイス最中のデザートもチャーミングだ。
一品一品、口に入れるとホッとする。まるで北イタリアの家庭でごちそうになっているような幸福感でいっぱいになるのだ。ある人気料理研究家に「生きていてよかった!」と言わしめたというチニャーレのイタリアン。メニューは13,000円(税抜)のおまかせのみ。レアなナチュラルワインもぜひ一緒に。