熟成肉ならぬ“熟成そば”とは?
年が明けると気になるのは、今年のトレンド。そば研究家の前島敏正さんによると、東京では最近、“熟成そば”がじわじわと浸透しているそうです。
熟成肉ならぬ、熟成そば。聞き慣れない言葉ですが、熟成そばとは一体どんなものなのでしょうか?
「そばの熟成は、原料の玄そばの状態で熟成させるやりかたと、打ってから熟成させるやりかた、2種類があります。熟成によって生まれる、新そばとは違う香りが魅力ですね。「食べログ そば 百名店2018」の中では、神田の『眠庵(ねむりあん)』、柴又の『そば㐂り(そばきり) 日曜庵』、中野の『ら すとらあだ』が早い時期から熟成そばに取り組んでいますね」と前島さん。そこで今回は、「眠庵」の柳澤宙(ひろし)さんに、熟成そばについてお話をうかがいました。
神田「眠庵」
「眠庵」のロケーションは、大人ひとりがやっと通れるほどの、細くて長い路地の奥。大正12年築の古民家を生かした店の前には看板がなく、目印は店先の郵便受けに書かれた小さな「眠庵」の文字だけです。
「眠っているようなラフな感じでのんびりしてほしい。2004年に開業した際、そんな気持ちで名づけました」と語る店主の柳澤さんは、そばも料理もお酒の管理も、すべてひとりで行うオーナー職人。そばは自ら農家で玄そばを買いつけ、製粉するところから行なっています。
人気の「2種盛り」(税込1,190円)では、稀に熟成そばが出されることがある。写真は1年熟成させた佐賀県産「さちいずみ」と、栃木県産の常陸秋蕎麦。色の違いは品種によるもので、熟成度合いとは関係がない。
柳澤さんがそばの熟成を始めたのは、2004年。食管法の改正に伴って開発された古米の保管技術を応用し、気密性の高い袋に脱酸素剤を入れてそばを保管することを始めたのがきっかけでした。そして現在に至る15年間、色々な品種のそばを熟成させてきた結果、大半のそばは3〜4年は熟成に耐えられることがわかってきたと言います。
「毎年十数種類を熟成させているので、『この品種は5年が限度だった』というようなデータも蓄積されてきました。そういうものは、熟成させ過ぎずに使い切るようにしています。現在は50〜60種類ほどのそばを熟成中です」(柳澤さん)
熟成に向くかどうかは、挽く前のそば(丸抜き)を食べるとわかるそう。噛みしめた時にじわじわと風味が出てくるものや、口の中から消えた後の“戻り香”があるものが熟成に向いている品種だとか。熟成によるそばの変化の仕方は品種によって異なり、熟成によって甘みがのるものもあれば、風味が抜けるそばもあるそうです。
「熟成させることで美味しくなっているかどうかは分かりませんが、時間が経ってもそばの風味を取り出せるということが面白くてやっています。品種や産地、その年の出来にもよりますが、10年以上熟成させたそばから、新そばのような風味が出ることもあるんですよ。当店で熟成させているそばの中には最長14年を超えるものもあり、中には絶滅してしまった品種も含まれています。そんなそばからも豊かな風味が取り出せる可能性があることが、熟成の魅力です」(柳澤さん)