クラフトビール醸造所の稼働率が全国1位となる40箇所(2017年)もあるなど、実はつくりたてのおいしいお酒が最も飲める都市といっても過言ではない東京。そんな、東京生まれ、東京育ちのフレッシュなお酒が飲める、醸造所があるお店を全3回に分けて紹介する短期連載。
第1回ビール編、第2回日本酒編 に続く第3回は、江東区・深川にある「深川ワイナリー東京」を紹介。所内の見学や醸造体験ができて、さらにワインとのペアリングを考え尽くされた美食体験も待っているときたら、ワイン好きは居ても立ってもいられなくなるはず。
【東京醸造所めぐりPart3】「深川ワイナリー東京」
「深川ワイナリー東京」の入り口。木の枝でできたドアの持ち手が場のぬくもりを表す
「これは、ちょうど月曜日と火曜日に搾った青森・五所川原のスチューベンの搾りかすです。いいにおいがするでしょう?」
にこやかに話すのは、醸造責任者の上野さん。
醸造責任者の上野さんは醸造歴20年
川と運河がある江東区古石場にある「深川ワイナリー東京」には、8月から12月初旬まで、全国のブドウ産地からブドウが運ばれてくる。
青森のスチューベン7,500kgを搾った。まだ濃厚な香りが残る
山梨県、長野県、山形県、青森県、北海道。各地から届くのは、デラウェア、甲州、マスカットベリーA、ナイアガラ、キャンベルアーリー、コンコード、カベルネ・ソヴィニヨン、ソーヴィニヨン・ブラン、メルローなど。
国内のブドウがない時期には、オーストラリア南のワイン産地、リバーランド地区からソーヴィニヨン・ブランやシュナン・ブランを取り寄せ、小さな醸造所は一年中フル回転している。
常温で発酵中。小さな気泡が上がる
深川ワイナリー東京がオープンしたのは、2016年8月のこと。滋賀県で17年半、新潟で5カ月間、ワイン醸造に携わってきた上野さんは、試飲コーナーやワインバルを併設した醸造所を造るという話が持ちかけられたとき、「面白そうだ」と直感で感じ取ったという。
テイスティング・バーにずらりと並ぶワインボトル
「田舎でワインを造っていたときは、いかにワインの果実味、品種の個性を引き出すかということに注力していました。しかし、17年同じことをやっているとどうしてもルーチン化してくる面もある。より新しいワイン造りを意識するなら、ワイン造りは田舎でなくともできるんじゃないか。むしろ東京には料理人と距離が近い、というメリットがあると思ったんです」
ワインを試飲するとシェフの顔が浮かぶ
毎朝、醸造所にやってくると上野さんは、まず最初に発酵タンクの中のワインをひとつひとつ味見していく。
ひとつひとつのタンクをそっと空け、ワインの発酵具合を確かめる
「旨み、香り、味わいが十分にのってきているかどうかを確認し、温度を上げて仕上げるか、あるいは低めの温度でゆるやかに発酵させていくかを微調整していきます。また、たとえば長野のコンコードと山形のマスカットベリーA、この2つをどういう配合で合わせたらまとまりのあるお酒になるかな、とイメージしたりもします」
“8:2あるいは6:4”などという数字はメモするけれど、味や香りといった感覚的な情報は一切メモにせず、体に記憶していく。
「発酵が進む中で、あ、このワインはあのシェフが作ったしらすと春キャベツのパスタと合わせたい!という風にシェフの顔や料理が浮かぶんです。これっていかにも東京らしいワイン造りやなぁと自負しています」
店内には様々なタイプのワイングラスが並ぶ
ワイナリーの近所にある東京海洋大学との共同研究で「海底熟成実験」も進行中。数日後には300本のワインを麻袋に入れて東京湾に沈め、春に引き上げて地上で熟成したものとの比較を行う予定、とわくわくした表情で話す上野さん。
常連客と収穫体験ツアーで盛り上がる
ワイナリー入り口に植えられた、まだ小さなブドウの苗
ブドウ栽培を行わないからこそ、ブドウ農家との関係を深める取り組みも積極的に行う。山梨県勝沼のブドウ農家の収穫の際には、3トントラックを上野さんが自ら運転。バス1台を借りて「収穫体験ツアーをします!」とFacebookで呼びかけると、総勢50名、バスに乗りきらないほどの参加者が集まったという。
「トラックは冷房車なので、うちのシェフが作ったお弁当を入れて持って、ブドウ収穫後にみんなで公園でお弁当広げて、楽しかったですよ」。持ち帰ったブドウの果実を房からより分け、搾汁する作業もボランティアを募集してオープンにしている。
「都会のワイナリーだからこそ、お客さんにブドウに直接触ってもらいたいなぁと思うんです。力を合わせて作業すると、ワインの出来上がりがまた、楽しみになりますよね」
テイスティング用のワインを注いでくれる上野さん
「すくってみるので、味見しませんか?」とワイングラスに注いでくれたワイン。ここでは、濾過、無濾過、スパークリングの3種類を醸造する。無濾過のワインは、果肉や皮、酵母が残った状態で、グラスに注ぐとどろりと濁る。くっきりと果実の香りがするが、辛口に仕上げてあるので口に含んで飲み込んだ後はすっきりなめらかな風味が残る。
発酵途中のワインたち
「欧米のワイン造りでは、雑味や澱を極力取り除いて濾過することがお手本とされます。しかし、僕たちは日本酒然り、味噌汁然り、アップルジュースもどちらかというと濁ったものを好む文化がある。お客さんに、おいしい、と喜んでもらえる“おいしい液”を提案していきたいですね」
料理にも産地の食材を取り入れることでワインの味に寄り添う
「北海道産エゾ鹿の赤ワイン煮」1,800円(税抜)と、木樽熟成のカベルネ・ソヴィニヨン
醸造所に併設された「ワインマンズテーブル」で木曜日から日曜日までイタリアンのシェフを務める渡邊さんは、ワインとペアリングする料理にはブドウ産地の食材を取り入れるようにしていると話す。
トスカーナなど中部イタリア料理を手がけるシェフの渡邊さんは、食べた後にすっきりする軽い料理作りを信条とする
「上野さんが作るワインは、とても繊細な風味です。私もできるかぎり、素材の味を活かしたシンプルな作りの料理で、ワインの味に寄り添いたいと思います。不思議なことに、ワインを飲んだときにお互いに『きっとこれが合う!』とひらめくイメージはいつも一致するんですよ」
「愛媛産イノシシのラグー」1,500円(税抜)。山形のマスカットベリーAのワインと合うよう、料理にも山形の栗が入る
美味しいものが好き、ワインが好き。醸造士と料理人の気持ちがぴったり寄り添うワインの味わいに心がほどけていった。