冬の季語、「そばがき」
「そばがき」は季節を問わずに楽しめる料理ですが、俳句の世界では冬の季語。白い湯気を上げて運ばれる温かなそばがきは、冬にはいっそうおいしく感じられるものです。そこで、そば研究家の前島敏正さんに、「おいしいそばがきに出合える3軒」を教えていただきました。
そばがきとは、そば粉を熱湯で掻いて餅状にしたもの。材料はそば粉とお湯だけというシンプルなお料理であるだけに、そば粉の質がものを言うお料理です。
今回前島さんがおすすめしてくれたのは「食べログ そば 百名店」の常連店でもある、浅草の「蕎亭 大黒屋(きょうてい だいこくや)」、亀有の「吟八亭 やざ和(ぎんぱちてい やざわ)」、明治神宮前の「玉笑(たまわらい)」です。
蕎亭 大黒屋(浅草)
「蕎亭 大黒屋」は、浅草の静かな路地に佇む完全予約制の手打ちそば店。ご主人の菅野成雄さんが主に扱うのは、長野県や新潟県の農家から直接仕入れる在来種のそばです。
「仕入れる時は、現地に行って、栽培の過程を観察せねばなりません。それが師匠の教えですから」
菅野さんの師匠は、そば打ちの名人として知られた「一茶庵」の故 片倉康雄氏。「食はすべてそのもとを明らかにし 調理をあやまたず そこのうことなければ 味はいすぐれ からだを養い 病をもいやしよく人をつくる」という教えを大切に守っているのだそうです。
そんな菅野さんが使っている在来種のそばの魅力は、品種改良のそばと比べて実が小さいため、でんぷん質が少なく、粘り、香りが強いこと。しかしながら挽き方に注意しないと食感があまり良くなくなってしまうため、菅野さんは12台の石臼を使い、粉の粗さを挽き分けてブレンドしているそうです。
「『せいろ』には喉越しの良さを出すため、改良品種のそばをつなぎとして使っています。でも『そばがき』には妙高高原の在来種“こそば”だけを使います。『そばがき』は大変好評で、ほとんどの方が注文されるので、この鍋は『そばがき』のために特注したんですよ」
そう言って菅野さんが見せてくれた片手鍋は、持ち手の太さに目を奪われる独特の形。「そばがき」を掻く時に力を入れやすいよう、握りやすい持ち手の太さが計算されているそうです。厨房で作っているところを特別に見学させていただくと、そば粉がお湯を吸って固まるにつれ、掻くのに力が必要になる様子が見てとれます。ちなみに菅野さんは、そばがきを掻く時、お湯ではなく釜湯(そば湯)を使っています。
さて、出来たての「そばがき」を箸でちぎれば、もっちりした質感。菅野さんのおすすめ通り、ひと口目は何もつけずに味わうと、豊かなそばの香りが広がります。ふた口目からは、自家製の土佐醤油またはきな粉をつけて。土佐醤油ならお酒のおつまみに、きな粉なら食後のデザートにぴったりです。
※「そばがき」は「普通挽き」と「粗挽き」の2種があり、いずれも1,750円(税込)。写真は粗挽き。