本マグロが、日本のせいで絶滅の危機に?

マグロといえば、江戸前鮨の花形食材。一口にマグロといっても、メバチマグロやインドマグロなどさまざまな種類がありますが、最も大きくて美味とされるのは「クロマグロ」です。なかでも、お寿司屋さんで「近海本マグロ」と呼ばれる太平洋クロマグロが近年激減していることをご存じでしょうか? その原因を知り、問題意識を広く共有するために、10月21日、東京・築地で「マグロミーティングvol.1」と題したシンポジウムが開催。マグロの現状を正確に伝えるため、漁師、シェフ、大学教授、卸売業者、フードジャーナリストなどのプロフェッショナルが知識を共有しました。

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なぜか今まで話題になっていませんでしたが、現在の太平洋クロマグロの資源量は過去最低レベル。2014年11月には国際自然保護連合(IUCN)によって、絶滅危惧種に指定されています。しかも、その原因を作っているのは日本とのこと。一体何が起きているのでしょうか?

「マグロミーティングvol.1」の様子。左から、マッキー牧元さん、「すきやばし次郎」の小野禎一さん、「カンテサンス」の岸田周三さん

キーワードは「巻網漁業」という手法

東京海洋大学の勝川俊雄准教授の解説によると、太平洋クロマグロの産卵場所は2か所のみで、両方が日本の排他的経済水域内にあり、そこで行われる日本の大中型巻網(まきあみ)漁業により、産卵期の太平洋クロマグロが一網打尽にされているとのこと。つまり、太平洋クロマグロは絶滅の危機に瀕している上、産卵も妨げられている状況になっているのです。

勝川俊雄准教授(「マグロミーティングvol.1」より

 

ではなぜ、こんな状況が生まれ、見過ごされているのでしょうか? それを理解するために、主なマグロの漁法と漁獲量に注目してみましょう。

原因1:マグロにダメージを与えるうえ、卵を産む母マグロまで獲っている巻網漁のやり方

まず、太平洋マグロの漁法は、大手水産企業が行う大中型巻網漁の他に、伝統的な一本釣り(竿釣り)や、はえ縄漁、定置網漁、曳き網(トロール)漁などがあります。

クロマグロ/Getty Images

 

一本釣りやはえ縄漁によるマグロが高級なのは、釣ったマグロに対して漁師が船上で素早く的確な手当て(内臓処理、放血、神経締め、冷やしこみなど)をしているため。釣り上げられたクロマグロは体温が高いので、すぐに手当てをしなければ身が焼けてしまうのです。一方、大中巻網漁では一回に何トンも獲れるため、手当てをせずに水揚げします。そしてさらに問題なのは、巻網漁の時期です。太平洋クロマグロの巻網漁が主に行われる6〜7月は、マグロの産卵期。マグロは普段は泳ぐスピードが早く捕まえにくいので、産卵を控えて大群でゆっくり泳ぐ時期を狙って大量に捕獲するのです。つまり産卵場所で卵を産もうとしている母マグロを、大中型巻網漁船がごっそり獲っている現実があります。

原因2:水産庁が産卵期の巻網漁を容認している

太平洋クロマグロの漁獲量は国際的な枠組みの中で規制が行われていますが、日本ではこのように、全くサステナブルといえない現状が容認されています。これはなぜなのでしょうか?

 

日本の年間漁獲枠を各地の各漁業者に配分しているのは、水産庁です。そして各漁業者は、一方的に決められた枠の中で漁を行っています。今年導入された成魚(30kg以上)の総漁獲量の配分は、大中型巻網漁業が約3000トン、一本釣りやはえ縄漁を含む沿岸小規模漁業者は1174トン。水産庁が小規模漁業者の声を聞かずに、漁獲枠を優先的に巻網漁業者に配分してしまったのです。

 

水産庁が大中型巻網漁の配分を多くしているのは「消費者が高いマグロよりも安いマグロを求めているため」だそうですが、その巻網漁業者に配分された漁獲枠は、市場に大量の売れ残りが発生するほどの多さです。

 

母マグロに卵を産ませることが重要だと考え、産卵期には禁漁にして太平洋クロマグロを獲らない小規模漁業者も多いなか、大中型巻網漁業者は彼らの我慢を知らぬふりで、母マグロを大量に獲っているのが現状です。

 

このままでは夏に巻網漁のマグロばかりが安売りされ、冬に価値あるマグロが供給されにくい状況が続いてしまいます。そうなれば一本釣りなどの漁師が廃業に追い込まれ、お鮨屋さんで近海マグロが食べられなくなる、あるいは赤身の握りが一貫1万円になるような日が来てしまうかもしれません。

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原因3:消費者に「選ぶ権利」が与えられていない

では今、消費者に何かできることはないのでしょうか? 一時は激減したものの資源が回復した大西洋クロマグロの例をみると、2000年代以降に導入された漁獲規制が功を奏したことはもちろん、消費者側の意識改革もありました。

 

大西洋クロマグロを漁獲している株式会社臼福本店(宮城県・気仙沼)代表の臼井壯太朗さんによると、EU諸国では消費者が「サステナブルな漁法で獲られた魚」を意識して選ぶことが多いとのこと。彼の地の消費者がそういう選択をできるのは、「サステナブルな漁法で獲られた魚」の認証システムとそのロゴが社会に広く普及しているためです。例えば「MSC(*1)」というイギリス発祥の漁業認証は、持続可能で適切に管理されている漁業とその漁獲物に与えられるもので、日本にも導入されています。しかし、日本での大西洋クロマグロのMSC登録料は、日本の漁業者にとっては非常に高額なもの。また漁業者がMSCを取得すれば、その費用がロゴをつけた魚の市場価格に少しずつプラスされることになります。日本の漁業者の多くは、消費者がロゴに意義を見出し、プラスアルファの価格を支払うことに納得するかという点に懐疑的なため、MSC認証の取得に至っていないのが現状です。

臼井壯太さん(マグロミーティングvol.1」より)

サステナブルな漁業を推奨するシェフたち

他方、料理業界では、サステナブルなシーフードの普及を目指した活動を続けるグループが現れています。一般社団法人Chefs for the Blueは、水産資源の現状に危機感を抱いた東京のトップシェフたちが、自発的な勉強会やイベントを通じ、参加者と共に“獲りすぎない”“海を傷つけない” “サステナブルな”漁業のあり方を考えるグループ。Chefs for the Blueのメンバーレストラン8店舗(*2)では、11月22日〜12月12日の期間中、持続可能な漁業を目指す臼福本店の大西洋クロマグロを使った料理を1品組み込んだディナーコースを提供するイベントを開催予定。人気シェフたちとともに大西洋クロマグロの成功事例に学び、漁業の未来を考えてみてはいかがでしょうか?

「シンシア」で提供予定の「大西洋クロマグロと根セロリのピューレ」

 

(*1)Marine Stewardship Council/海洋管理協議会

(*2)Chefs for the Blueのメンバーレストランは現在30店舗ほど。そのうち今回のイベントに参加する8店舗は、「レストラン シンシア」「クラフタル」「茶禅華」「メログラーノ」「ドンブラボー」「ル・スプートニク」「コンヴィーヴィオ」「ラ・ボンヌターブル」。マグロ料理については各店で異なるため、要問い合わせ。


取材・文/小松めぐみ

撮影/馬場敬子(「マグロミーティングvol.1」分)