〈おいしい歴史を訪ねて〉
歴史があるところには、城跡や建造物や信仰への思いなど人が集まり生活した痕跡が数多くある。訪れた土地の、史跡・酒蔵・陶芸・食を通して、その土地の歴史を感じる。そんな歴史の偶然(必然?)から生まれた美味が交差する場所を、気鋭のフォトグラファー小平尚典が切り取り、届ける。モットーは、「歴史あるところに、おいしいものあり」。
第11回 「日本清酒発祥之地」奈良・正暦寺(しょうりゃくじ)へ
「奈良にうまいものなし」。奈良に13年も住んでいた作家・志賀直哉が随筆『奈良』でそう書いたとされるが、様々な解釈があり、実は奈良への愛情を込めた表現とも言われる。その真相はさておき、僕の経験値ではおいしいものはたくさんある。今回は日本酒発祥の地として有名な山辺の道の少し奥にある正暦寺(しょうりゃくじ)を訪ねた。
992年に一条天皇の命により創建。菩提仙川の渓流を挟んで立ち並び、勅願寺として繁栄していたが、平家の度重なる焼き討ちや江戸幕府の経済制圧などで窮地に追いやられた。今は、福寿院客殿など僅かな建物を残すのみとなったが、正暦寺は「悟りの山」として「菩提山寺」と呼ばれ、奈良から8kmのところにあるが訪れる人々を静かで伸びやかな宗教空間に包んでくれる。
正暦寺公式サイトによると、本来、寺院での酒造りは禁止されているが、神仏習合の形態をとる中で、鎮守や天部の仏へ献上するお酒として、自家製造されていたそう。荘園で造られた米から僧侶が醸造するお酒を「僧坊酒」と呼ぶそうで、当時の正暦寺では、仕込みを3回に分けて行う「三段仕込み」や腐敗を防ぐための火入れ作業行うなど、近代醸造法の基礎となる酒造技術が用いられていたとか。
そして、これらの酒造技術は室町時代を代表する革新的酒造法として、室町時代の古文書『御酒之日記』や江戸時代初期の『童蒙酒造記』にも記されていて、現代において行われている清酒製法の祖とされている。そのような歴史的背景から、正暦寺が日本清酒発祥の地であると言われているそうだ。
坂を上がっていくと入口手前に「日本清酒発祥之地」の碑が立っているのが見える。
住職さんから庭の眺め方を教わる。柱に寄りかかり、(写真の)この位置から見るのが最適だそう。
庭の眺め。下に川が流れており、そこに水の流れを少しせき止める工夫をして音の変化を出す。目と耳で楽しむ情景、すごい。
当時の絵もそのまま残っている。
庭の景観を楽しんだ後は、蔵元直営の立ち飲み屋へ
蔵元豊祝 西大寺店
刺激的な体験に、何故かどうしても日本酒が飲みたくなった。よし、こうなれば飲みに行くぞ。山の辺の道から石上神宮を抜けて、天理駅から近鉄で京都に行く途中でわざわざ大和西大寺駅で降りた。ここの駅中の立ち飲み屋が、僕のなかで日本で一番うまい蔵元直営の立ち飲み屋である。ここで奈良のお酒・純米酒豊祝をいただく。
僕の大好きな奈良豊澤酒造のお酒「豊祝」を頼む。自然に喉がなる。創業以来、麹造りはもちろん、洗米やもろみの仕込みからしぼりまでできるだけ機械をしないで手作りに徹した酒造りは見事だ。
これが豊祝セット。わざわざ目の前で一升瓶から注いでくれるのがうれしい。純米酒に焼き鳥・枝豆・天麩羅がついて500円。ほかに、純米吟醸の無上盃セット600円もおすすめだ。
この「豊祝」。聞くところによると、地元以外ではなかなか手に入らないらしい。豊祝はキリリとした淡麗な口当たりと奈良のお酒特有の麹の香りと甘さとが微妙にミックスする。ここの立ち飲み屋は、お酒のオツマミが豊富で安くて家庭的だ。「納豆」160円から始まり、「ホタルイカ沖漬」「イカの塩辛」「板わさ」「らっきょう」「合鴨ロース」他いろいろあるが、きわめつけの「奈良漬とチーズの不思議な出会い」300円は最高だ。それに毎日日替わりのお惣菜が並ぶ。二杯目は、イカの燻製焼き。これではいつまでも帰ることができません(笑)。
なにせ、奈良は日本酒を生んだ風土や文化があり、人工的なものをなるべく排除した素朴なものが多くある。
奈良名産「大和野菜」をしょって鴨がやってきた!?
あきひろ亭
11月になるとそろそろお鍋の季節になってくる。不思議と温かいものが欲しくなるのは日本人独特なのか?ということで鴨鍋「あきひろ亭」に行った。今やどこでも鴨鍋を食べることができる。その昔は、豊臣秀吉が大阪でかもを飼育していたという記録もあるようだ。そのせいか? やはり関西には、鴨鍋屋さんが多いような気がする。
最近、不飽和脂肪酸やビタミンが多く含まれている鴨肉が、健康志向のシニアには人気らしい。
鴨と一緒にいただくのは、奈良の名産「大和野菜」。手間暇かけて栽培された野菜たちは生き生きとしていた。この土地が育んできた歴史・文化を、野菜を通して体にとりいれる気分だ。
写真・文:小平尚典