あの「味坊」の新展開は、中国八大料理のひとつ湖南料理

ただ辛いだけじゃない、湖南料理の魅力

都内で味わえる中国東北料理のメッカとして、絶大な支持を得る神田の「味坊」。オーナーの梁宝璋さんは、その後も中国東北地方の味を広めるべく、コンセプトを変えつつ次々に店舗を拡大。この夏、最新店となる5店舗目を三軒茶屋にオープンさせた。今回のコンセプトは、これまでと変わって中国南部に位置する湖南省に根づく湖南料理。東北から離れ、また新たな中国の伝統的な美味を提供するお店が早くも話題だ。

湖南省の農家や民家で料理を味わっているかのような雰囲気も味わってほしいとデザインした店内は、ビルの7階とは思えないほど開放的な雰囲気。「気軽に立ち寄ってもらいたいからね」と梁さん。テーブル席のみで全64席。宴会にも対応可。

オーナーの梁宝璋さんは1963年、中国黒竜江省の斉斉哈爾(チチハル)生まれ。1995年に来日し、母親の料理をベースに独学で料理を学び、2000年に神田で「味坊」をオープンする。

 

湖南料理とは、中国八大料理のひとつでフレッシュな唐辛子を多用した辛い中国料理の代表格だ。ただ四川料理と異なる点は、辛味の奥に別の要素が絡んでいる点にある。それは大別すると燻製、発酵、ハーブの3要素だそう。

 

湖南省では毎年、冬になると豚肉を始め鶏や鴨、魚なども塩漬けにして風乾し、燻製にした保存食を伝統的によく使う。この燻製を炒め物に使った料理は、塩味と燻香が醸し出され、味わいも絶妙に。同様に湖南省で重宝されているのがハーブ類。パクチーを筆頭にシソやセロリ、菊菜、ドクダミ、ミントなどを様々な食材と和えたり、加熱して使うのが一般的だ。ハーブが食材の臭みを抑え、爽やかな風味を添えるのは、言うまでもない。さらに一番の特徴ともいうべきは発酵料理の数々。日本同様、冬は寒く、夏は高温多湿な湖南省は発酵食品を作るのに最適な土壌。現地の人々は肉や魚を発酵させるだけでなく、唐辛子を発酵させた調味料なども愛用しており、それらの要素が、湖南料理をただ辛いだけではない、奥深い味わいに仕立てている。

毛沢東もこよなく愛した、香辣(シャンラー)の味。

湖南料理の辛さは「香辣(シャンラー)」と呼ばれ、四川の「麻辣(マーラー)」とは違い、深みのある味わいが特徴。口に運ぶとさほどの辛さも感じず、どんどん食事が進むが、次第にじわじわと迫ってくる独特の辛さに、ハマる人も多いだろう。

 

「湖南省は田舎。のどかなところだよ」とオーナーの梁さん。長江の中下流に位置する水稲生産が盛んな中国の米産地の生活に根差した日常の美味は、あの毛沢東も愛した味と伝わっている。

 

「この店をオープンするに際して、改めて湖南省を訪れ、知らなかった祖国の一面を知ることができた、それがこの仕事の楽しみのひとつ」と梁さんは語る。「日本にはまだない中国の味と文化を紹介したい」と始めた「味坊」創業から早18年。月日が流れても、その想いは変わらず、この店にも脈々と受け継がれている。

「炒腊肉 燻製豚三枚肉と葱の炒めもの」1,000円(税別)。腊肉(ラーロゥ)と呼ばれる燻製肉を葱や葉ニンニクと一緒に炒めた一品。塩味と燻香をまとう腊肉は香り高く、そこにピリリと唐辛子の刺激がアクセントに。ビールはもちろん、ワインとも相性がいい。

「刀切羊肉 皮付きヤギ肉の冷菜~ミントとレモンのソース」1,200円(税別)。茹でた山羊肉にミント、レモン、自家製ラッキョウの漬物などを細かくみじん切りにした薬味をせたもの。香草の風味が山羊肉独特の臭みを中和し、さっぱりと楽しめる。湖南省・少数民族料理の冷菜。

「刹椒魚頭 鯛の頭の発酵唐辛子蒸し」1,500円(税別)。刹椒(トゥジャオ)とは叩き潰した唐辛子を塩や塩水で発酵させた深い辛さの調味料。これを鯛の頭にのせ、紫蘇の葉と一緒に蒸して仕上げたこの料理は、湖南料理を代表する名物。魚を食べた後は、蒸し汁に極太ビーフンを加えて〆麺を楽しむ。

定番メニューの他に、黒板には最近始まった山羊肉料理や季節のおすすめの品も。特に山羊肉料理は、姉妹店に「羊香味坊」を持つだけに、素材にも技術にも自信アリ。

厨房で腕を振るう張鋒シェフは、かつては北京のホテルで料理長を務めた人物。この店を開店するにあたり、オーナーの梁さんと共に湖南省を訪れ、現地の味を「味坊」流に再現した。

 

四川料理とは違った魅力をもつ湖南料理を本格的に堪能できるこちら。辛さに加えて発酵による旨味が詰まった料理の数々を楽しみたい。

写真:大谷次郎

取材・文:山田貴美子