【発明レストラン】

 

~勝手に「料理ノーベル賞」~

「五本木、海新山のコラーゲン入り上上ラーメンと餃子」

 

料理の世界、今まで通りのことを守っていれば問題は出ないかもしれないし、新しいことをやれば今までの客から批判すらあるかもしれない。

でもチャレンジしなければ店は飽きられる。

 

冒険も必要だし、結果、失敗も沢山あるだろう。

そんな中で、どこかの店がオリジナルに開発して特徴的なスペシャリテメニューになったもの、それが真似されて普及し世間の当たり前メニューになったもの、そんな料理を最初に作りあげた料理人を尊敬するし、その料理人のいる料理店が好きだし、動向が気になる。

 

そんな料理人や料理店メニューを紹介できたらと思って、連載を受けることにした。

 

まず第1回は学芸大前駅から徒歩5分の「海新山」。

 

店主のオヤジさんの名前は渡部康晴さん。オヤジさんは6年ほど前に亡くなられたが、その後奥様のマサ子お母さんが味を受け継いでいる。

 

 

このメニュー開発話はオヤジさんが中国大使館で料理を作っていた55年以上前に遡る。

その時気づいた材料がある…それが「コラーゲン」。オヤジさん、26歳の時。

コラーゲンの“発見”と“開発”

大使館内はもちろん毎日毎晩中国料理。大使館のお偉いさん達には年配者も多く、さすがに毎日ラード多用の食事には辟易気味だったという。

そこでオヤジさんが頼まれて作ったのがコラーゲンを使った数々の料理。

皆に喜ばれたそうである。ちなみにこの額に入った書は大使館勤務時代に中国の政治家から、頂いた書。実は吉田茂首相とオヤジさんの二人にだけに渡されたそう。

 

その後、マサ子お母さんの叔母さんが経営していた自由が丘の中華料理店「永楽」にオヤジさんが雇われ、腕を振るうことになる。これが運命。

こんなコラーゲン料理が毎日食べられるなら、結婚して一緒に生活した方が良いと叔母さんに勧められ、お母さんも、「美味しくて、毎日の肌の調子も体調もいい」と、すっかりその気になったという。

 

そして、1967年(昭和42年)に店を創業。店名は「三王飯店」といい、今の店の近くだったという。もちろん、この時からコラーゲンを既に料理の軸にしていた。

ちなみに、今でも、当時の店名の「三王飯店」が刻まれている皿で料理が出て来る。事情を知らない時は、この皿どっかから持って来たんじゃないかと疑心暗鬼だったが、モノ持ちが良いということだった。ちょっとホッとした。

店名由来は当時の人気絶頂期のジャイアンツ長嶋茂雄の背番号「三」と王貞治の「王」さんから。「おい!」っとついつい突っ込みたくなる(笑)。その当時は出前もあって、ものスゴイ人気で忙しい店だったそう。逆に人が多く来すぎたために大家から立ち退きを要求される。店を開いて10年目のこと。転機が来た。

その後東中野、さらに目黒通りに移転する。

それが1982年。この時に店名を「海新山」に変更した。

当時、神戸ポートピアの合言葉になっていた 「山、海へ行く」からヒントを得たのだという。(1981年当時、六甲山を削ってその土で海上に埋め立て地を造る「ポートアイランド」開発計画などが全国から注目を集めていた)。

どうやらオヤジさんは「ないものを作り出す」という意味合いで名付けたようだ。

 

目黒通りにオープンした「海新山」はその前からやっていた中華「大龍」の居抜きの店を使って開店。

なので、ここでも前店で使っていたドンブリが今でも大盛り注文時には出てくる。

なんちゅう店だろ。

餃子とラーメンに1時間半かかる店

そして1988年(昭和63年)に今の五本木の地に移転する。

私がこの店を知ったのも約30年前。そう、今から考えれば新しい土地に移った「海新山」リニューアルの頃のこと。なのに、佇まいは今のまま古びていて怪しい光を放っていた。

その日はたまたま駒沢通りを友人の車に同乗させてもらっていた昼過ぎに、路地奥に決してキレイとは言えない怪しき雰囲気を放つ中華料理店が見えた(失礼…)。その入口に古代中国料理と書いてあるが、その字ヅラも汚い。あとで聞いた話だが当時来ていた常連のお客さんに書いてもらったものだとか。驚いた、素人じゃん…。味があってこの方が良いとオヤジさんが言ったんだそう。強引だなぁ。

 

普通には怪しすぎて入っていかない店の扉を開けると、客が数人。ま、試してみるか、と。

その時注文したのが今回も紹介する「上上ラーメン」と「餃子」。今でも忘れないが、注文してからオヤジさんが餃子の皮を材料から練り始めた。「ええ?今から皮を作るの?」と当時ビックリしたことを今もハッキリ覚えている。そしてその時の味の美味しさの衝撃と軽やかさがその後30年も通うことになろうとは。もちろん注文してから食べ終わるまで1時間半もかかったのも衝撃的だった。すっかり次の打合せに大遅刻。

 

その後、料理の鉄人「100回目放送」の出演交渉に番組プロデューサー達とこの店に来たがオヤジに「私の腕はそんな番組に出るような低レベルじゃない…」とやんわりハッキリ断られた。その時、こちら側の企画には番組サブタイトルに「1時間に一品も出来なかった男(仮)」とまで用意していたのだけれど。

物持ちの良さは包丁でも証明できる。柄すらなく刃こぼれしている鉄の包丁を自分の手指のように自在に使っていた姿が懐かしい。あれ、捨てたわよ、とお母さんが言っていた包丁が出てきたわ、と見せてくれた。懐かしい…思わず合掌。

 

この店には星を取った蕎麦職人、有名イタリアン、フレンチのシェフ達がこぞってオヤジさんの手法を勉強しに来ていたこともある。

人類の健康のために考えつくされた名物料理

ともかくその味と食後の軽やかさを引き出すのが「コラーゲン」。残念ながらこのコラーゲン料理、この店以外には広がっている事実を知らない。味を継ぐお母さんの年齢も既に77才。誰もこの味を継いでくれないと下手するとあと数年で食べれなくなるかもしれない。

材料は髄液を取ることが重要。鶏ガラ、豚ガラ(ゲンコツ=大腿部の骨)を1時間砕く。

 

 

 

その他甲殻の粉、野菜は相当の種類を使う。生姜、大根、ブロッコリー、人参、セロリ、玉ねぎ、長ネギ、などなど。

そしてこれらを13時間煮込む。じゅ、じゅうさん時間? 気が遠くなるし、こんな面倒だとこれを受け継ぐ人は出てこないかもしれないなぁ。これを作る作業をほぼ毎日、何十年も続けている。立派な発明品であり、努力の品。

 

実はラーメンに使う醤油も、餃子で使う油も全部手作り。健康を考えて手間暇を惜しまない。

 

オヤジさんが存命時に出していた名物料理に「イチゴやキウイやパイナップルなどが入っている酢豚」があった。残念ながら手元に写真はないが、見た目もキレイ、味もたいそう美味しかった。当時から「美味しいよりも体に良いかどうかが重要。コラーゲンはビタミンCと一緒に取ると体に入っていく」とオヤジさん。

 

お母さんは小柄で華奢な体つき。最近は料理人でもない息子にゲンコツを砕いてもらっているそう。ここにあるトンカチで。

 

この日食べたモノはコラーゲン感のよくわかる「上上ラーメン・塩(1500円)」

このラーメンにはレモンが入ったもの。コラーゲンはレモンと一緒に食べると吸収が良くなるという。

 

さらにはコラーゲンたっぷりの「上上ラーメン・醤油(1500円)」。塩にしても醤油にしてもスープの90%がコラーゲンで出来ているのだそう。もちろんスープまで飲み干さないともったいなし、味も優しく軽いので飲めてしまう。写真はその飲み干したドンブリ。

 

同じくコラーゲンの入った「餃子(1人前5個、400円)」。

皮はパリパリタイプではなく、ぷるぷるタイプ、軽やかな食感。相変わらず皮は手作り。さらに皮にも中身のアンにもコラーゲン、クマザサ、胡麻、海藻、干し椎茸、カルシウム、さらには手作り油が入る。

 

ラーメンどんぶりに見える緑色の粉は「クマザサ」。

焼豚は何種類もの薬草に漬け焼き上げたもの。何もかもが、健康のためを考えてのこと。

 

お母さんはこのラーメンと餃子しか作らない。見よう見まねで作ったラーメンと餃子は生前のオヤジさんから認められた。だが、人気メニューだった「酢豚」も「キレイな食用菊が散りばめられた麻婆豆腐」も、少し予算を多く用意した時に出た「ナマコ料理」もお母さんは手を出さないという。オヤジさんを超えられる自信がないから、と。

 

オヤジさんが大切に昭和30年代から乾燥させて保存していた「ナマコ」をお母さんは今も大切にとってはあるが、とってあるだけで料理には使っていない。オヤジさんにはよく食べさせてもらったが、これもコラーゲンの塊。

乾燥から戻す時、水でゆっくりじっくりと子供を育てるように大切に戻すと言っていた。考えてみれば、皮膚、血管、内、軟骨などを作って保持するモノがコラーゲンであり、人体を構成するタンパク質の1/3を占めるとまで言われる重要な成分だ。

いつでもお客に手軽に食べてもらえる「上上ラーメン」、「コラーゲン餃子」と言ったコラーゲンメニューを作った海新山のオヤジさんとお母さんは立派な発明者。

 

この日も結局、これだけ食べても食後食べた気がしないくらいに胃袋が軽い。

 

そう言えばオヤジさん「人類を健康にしていくのが自分の使命」だとか「私を超える料理人は300年は出て来ない」などと言っていたことも思い出した。

この絶品発明品を誰かに受け継いでもらいたいけど、こう言われるとなかなか難しいかな。

 

この日も2日に一回来ている常連さんと遭遇。先日昼夜2回来たらお母さんに「他の人に食べさせるコラーゲンがなくなる、自分も一杯だけしか食べてないんだからそんなに来ないで」と言われたエピソードを語ってくれた。でも、この方、一度脳挫傷の怪我をしていて神経の痛みが全身あちこちに出るらしいがこの店のコラーゲン入りラーメンと餃子を食べるとすこぶる調子がいいらしい(通販の表示っぽく注意書き:あくまでも個人的感想です)。

 

こんな重要な発明をしている料理店、そして開発料理人である渡部夫妻(オヤジさんは故人だけど)に食べログから是非勝手に「料理ノーベル賞」をあげて欲しいな。