まずは「鮨さいとう」として。ゆくゆくは自らの名を冠する離れとして

「鮨さいとう」の沼尾さん
「鮨さいとう」の二番手、沼尾りゅうすけさん。「これからが楽しみ」とのこと。

これまで「鮨さいとう」の隣室で「鮨しゅんじ」を営んでいた兄弟子であるしゅんじさんが完全独立し、別の場所に店舗を構えることとなった。そこで新たに「鮨さいとう」で二番手を務めてきた沼尾りゅうすけさんがカウンターデビューをした。

憧れの「鮨さいとう」の暖簾に胸が躍る。

これまでにも同店が休みとなる日曜日に、常連を招いて不定期で「鮨りゅうすけ」を開店していたという。この1年ほどは沼尾さん個人の客も増えており、満を持してのデビューと言えるだろう。

基本は同じコース内容で、極上の寿司を楽しむ

「鮨さいとう」の離れ
「鮨さいとう」の隣の個室を利用した、沼尾さんのカウンター。

現在はまだ、沼尾さんの名前を冠してのオープンとはなっていない。店名としてはあくまでも「鮨さいとう」となる。近いうちに名前は変えていくとのことだが、今はコース内容もすべて基本は「鮨さいとう」と同じで、金額のみ3万3,000円と少し抑えたものになる。

こじんまりとしたカウンターで沼尾さんとの距離が近いのもうれしい。

しかしその中身は変わらない。つまみや寿司のネタは同じであり、店全体のネタの仕入れは沼尾さんも行っている。まずは、会員以外は食べることができなくなってしまった名店の寿司を楽しみ、ゆくゆくは沼尾さんらしさが出てくるであろうコースが味わえる流れだ。

今なら、若き寿司職人が名店・名将の技術のもとで羽ばたいていくまでの過程を楽しむことができるのだ。

今宵の寿司はマツカワでスタート

「鮨さいとう」の離れ
コース最初の寿司は白身のマツカワ。旬に合わせたネタが楽しめる。

お品書きは、おまかせコース1種類のみ。最初に4~5種類ほどのつまみが楽しめ、その後に寿司へと移る。寿司は白身から始まり中盤に「鮨さいとう」の人気のネタであるマグロが赤身、中トロ、大トロで提供され、後半は穴子や太巻きで締めとなる。全部で12~13貫ほどだ。

マグロや穴子は同店の人気のネタで、基本的には1年を通して提供される不動のネタ。その前後に季節を彩る旬の魚たちが登場し、コースを盛り上げていく。

雑味のない旨味に驚く。

例えば最初に提供されることの多い白身。取材した日はカレイの王様であるマツカワが提供された。厚みがあり、噛み応えもある逸品だ。

佐賀県産の食べ応えあるコハダはやさしいシメ具合

「鮨さいとう」の離れ
肉厚なコハダは佐賀県産のもの。脂ののりも良く、コクがあるのに淡い酸味でさっぱりと食べられる。

中盤のマグロ3種の前にいただいたのはコハダ。佐賀県産のコハダはぷっくりと肉厚で、この時期は脂ものっている。同店では品質にばらつきのある江戸前はほとんど使わず、安定して良いものがとれる佐賀のものを使っているそうだ。

酸味がやさしく、口の中でほろりとほどけるシャリと脂の甘味のバランスが絶妙だった。

赤身、中トロ、大トロの3連弾で違いを味わう

マグロは赤身、中トロ、大トロを連続で食べ比べることができる。

赤く美しく光るのは、コース中盤に3連続で登場するマグロのうちの一つ、中トロ。この日は血合ぎしの良いところが入ったという。

マグロらしい味が濃い部位で、ほどよくのった脂の旨味は「最高!」の一言。とろけるような味わいながら噛み応えもあり、しみじみとマグロの旨味を堪能できる。

マグロらしい鉄分と脂ののり具合が抜群のマグロ中トロ。

このマグロならではの脂を楽しめるのは、シャリの温度にある。同店ではネタによってシャリの温度を変えており、例えば最初に出たマツカワ、コハダはしっかり冷めたシャリを。脂をほどよく溶かし、口の中で最高のタイミングを演出したいマグロは、温かいシャリで握る。

だからこそ握りたてをその場で、時間を置かずに食べたい。沼尾さんの気さくな人柄でおしゃべりが楽しく盛り上がりがちだが、最高においしいタイミングを演出してくれているのですぐに味わおう。

シンプルだけど手間をかけた妥協ナシのつまみたち

弾力がありながらも、さくりと噛み切ることができる佐島のタコを桜煮に。

寿司はこの後、イカや海老、ウニなど季節によっておすすめのネタが続き、穴子と太巻きで締めとなる。まだまだ食べられるのであれば追加注文も可能だが、全部で12~13貫ほどが客それぞれの食べるテンポに合わせて出てくるので、なかなかにお腹もいい具合となる。大満足のコースである。

なお、ここでは寿司を先に紹介しているが、コースでは寿司の前につまみが4~5種ほど提供される。こちらも季節に合わせて変わり、この日は最初のお通しとして子持ち昆布が提供された後に、タコの桜煮が出た。

肉厚で食感が良く、歯ごたえがある相模湾・佐島のタコだ。皮のゼラチン質がしっかりしているため、火を通してもほどよい弾力を残していて、ついついお酒がほしくなる味わいだ。

汁の一滴まで飲み切りたいメヌケの酒蒸し

弱火で時間をかけてとった出汁は、奥深い滋味あふれる味わい。

タコの桜煮でもわかるように、同店はつまみもうまい。メインとなる寿司へと盛り上げていくための布石でありながらも、一つひとつの完成度が高い。

今回イチオシだったのは、温かいつまみであるメヌケの酒蒸し。脂ののったメヌケを酒蒸しにし、メヌケの骨だけでとった出汁に浮かべる。出汁は弱火でじっくりとっているので、美しく澄んだ透明な汁なのに驚くほど味が深い。蓋を開けたとたんに出汁の香りが漂い、五感で楽しめるお椀となっている。

つまみはこの後、焼き魚でおしまいとなる。どの料理の味わいもシンプルを基本としているためか、素材そのものの旨味が十分に引き出されている大満足のコースだ。

「銀座久兵衛」から「鮨さいとう」へ。正統派の実力の持ち主

寿司職人を目指したのは、カウンターで客と向き合い話をするのが好きだから。

沼尾さんは現在28歳。18歳で老舗の名店「銀座久兵衛」に弟子入りし、6年修業したのちの4年前に「鮨さいとう」へと移った。

実家が和食店を営み、弟も銀座の和食店で修業中。両親も料理人とまさに食の職人一家だ。ゆくゆくは独立を目指しており、そのためにも複数の店を経験したいと同店に移り、わずか4年でカウンターデビューを果たしたことになる。
しかし「デビューは最初の一歩でしかなくこれからが、いばらの道。でも、それもまた楽しみなんです」と語る。その言葉を後押しするように、すでに沼尾さんのファンとなってくれている客だけで、デビューから先2カ月間の予約は埋まっているそうだ。

同店の握りは手数が少なく、シャリが口の中でほろりとほどける。

一般客が予約できない「鮨さいとう」の寿司が食べられるというアドバンテージは大きいものの、何よりも沼尾さん本人の気さくな人柄と、真摯に食に向き合う姿、そして瑞々しくも頼もしい技術がある。
これから「鮨ぬまお」になるのか、「鮨りゅうすけ」になるのか、店名はわからないが、若手職人の誕生に立ち会える醍醐味がある。

予約の取りにくい店になってしまう前に、足を運んでおきたい店だ。

エントランスをくぐり、右手が沼尾さんのカウンター。

※価格は税込、サービス料別。

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取材・文:岡崎たかこ(UP SPICE)
写真:大鶴倫宣(UP SPICE)