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【特別インタビュー・前編】伊達公子がテニス同様に情熱を注ぐ新しい挑戦“フラウクルム”とは?
10代からプロテニスプレーヤーとして活躍し、自己最高記録として世界ランキング4位にまで上りつめた伊達公子さん。一度は引退するも、37歳で現役復帰を果たし、今年9月に引退するまで、世界を舞台に果敢なる挑戦を続けてきた。そんな伊達さんがヨーロッパで生活していた頃、いつも楽しみにしていたというのが、朝起きてすぐにベーカリーに行って焼きたてのパンを味わう朝食の時間。「パンが楽しみで早起きしていた」というくらい惚れ込んだその美味しさを、日本でも気軽に楽しめるようにしたい――。そんな思いが高じて、昨年、ベーカリーカフェ「フラウクルム」をオープンしたそう。自ら厳選した素材を使った本格的なドイツパンを提供し、地域に愛される店を目指すという、伊達さんの想いやこれからの夢について語ってもらった。
伊達公子(だて きみこ) 1970年京都府生まれ。エステティックTBC所属。小学校1年生でテニスを始め、高校卒業と同時にプロテニスプレーヤーに転向。93年に全米オープンベスト8入り、94年には日本人初のWTA世界ランキングトップ10入り(9位)を果たし、95年に4位へと更新。96年に現役引退。2008年に現役復帰を発表し、09年にウインブルドン本戦出場。同年、WTAツアー・ハンソルオープンで優勝し、歴代2位の年長優勝記録となる(38歳11ヶ月30日)。その後も世界の名だたる大会で年長記録を更新するなど活躍を続けるも、17年9月に現役引退を表明。16年、自身がプロデュースしたベーカリーカフェ「フラウクルム」を東京・恵比寿にオープン。
伊達さんがパン屋を始めた理由とは?
――テニスプレーヤーの伊達公子さんがパン屋さんを始めた、というのが意外でした。何がきっかけだったのでしょうか?
伊達、以下・伊:もともと食べることが大好きで、現役時代、試合で世界の各地を回った先のレストランで食事をしたり、現地の食文化に触れるのを楽しみにしていたんです。その中でも、私が一番好きだったのが、ヨーロッパの朝食の時間でした。あちらでは、だいたいどの地域にも早朝から営業しているパン屋さんがあって、朝起きてすぐに近くのパン屋さんに行って、焼きたてのパンを買ってきて家で食べるというのが習慣として根付いているんです。日本にも美味しいパン屋さんはありますが、必ずしも住宅街にあるわけではありませんよね。私も日本で暮らしていた時は、焼き上がりから時間が経ったパンの味に慣れていました。
本場の焼きたてパンの味を初めて知った時は「パンってこんなに美味しかったんだ!」と驚きました。特に感動したのは、「硬くてパサパサ」と思い込んでいたドイツパンの本来の味。焼きたてのブレッツェルは、表面はカリッとしていて中はしっとりと柔らかくて…、いくつ食べても「もう1個!」とおかわりしたくなるほどで、この美味しさを日本でも味わいたいし、他の人にも知ってほしいなという気持ちがずっとありました。いつかカフェをやってみたいという漠然とした希望は15年くらい前から持ち続けていましたが、まずはパンとコーヒーを出すベーカリーから始めようと。パンとコーヒーというのは、毎日の私の朝食の定番で、「私が好きなものを出したい」というのがベースにあります。
フラウクルムの「ブレッツェル」200円。オススメは焼きたてだが、家で食べる際は「霧吹きで湿らせてからトーストすると焼きたての味に近づきます」と伊達さん。
実は食べるのが大好き。“歩く食べログ”の一面も!?
――アスリートといえば、ストイックな食事制限をしている方が多いというイメージがありますが、伊達さんは「食べるのが好き。私が美味しいと思ったものを日本にも広めたい」という思いを大切にされてきたんですね。
伊:テニスはほぼ毎日試合があるようなスポーツなので、特定の日に焦点を絞った管理ではなく、毎日が健康体であることを心がけるのが大事だと思ってきました。だから、「毎日の食事をバランスよく」が一番。和食、イタリアン、中華、フレンチ、中東系…、スイーツもなんでも大好き! 自称“歩く食べログ”です(笑)。
――お店づくりで特に重視した点は何でしたか?
伊:まずは、本場で私が感動した味に近づけるための素材選びですね。試食を重ねた結果、ドイツ産の小麦粉を使うことに決めました。理想の食感を求めて、ブレッツェルの形について調理スタッフとは何度もミーティングをしましたね。
そして、「焼きたて」を味わっていただくための環境づくりも重視しました。譲れない条件だったのは、イートインのスペースを作ること。狭い空間にいかにスペースを確保するかは難題でしたが、デザイナーさんと相談して、コーヒーとパンをゆっくり食べていただけるスペースを5席ほど設けることができました。営業時間も7時30分からにして、出勤前に立ち寄って朝食を食べていただけるように。値段に関しても「もっと高くてもいいんじゃない?」と言われましたが、私は日常の楽しみになるような店を目指したかったので、できるだけ抑えました。
――「対面販売」のスタイルも大事にされているのだとか。
伊:ヨーロッパではケースに並んだパンの中からお客さんが「これ、ください」「今日は何がおいしく焼けている?」と店員に話しかけながら買い物をするのが当たり前。むしろ、お客さんがトレーに自由に取るスタイルは日本でしか見かけないくらい。これは礼儀正しい日本人ならではのよい文化でもありますが、私は対面販売でコミュニケーションも楽しめるほうが好きだから。その街に暮らす皆さんに愛されるようなパン屋さんになれたらいいなと思っています。こうやって、いろんなプロフェッショナルと協力しながらゴールを目指すプロセスは、プロテニス選手時代にやってきたことと共通している気がしますね。
クリスマスシーズン限定「シュトーレン」が今年も登場
続きは12/4(月)公開予定の後編にて
後編では、クルム夫人の意味を持つ“フラウクルム”の店名をつけた理由、プロテニスプレーヤー時代の想いに共通すると語る異分野へのチャレンジについてなど、“現在”の伊達公子に迫る。お楽しみに。
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インタビュー・文:宮本恵理子
撮影:前康輔