〈ニュースなランチ〉

毎日食べる「ランチ」にどれだけ情熱を注げるか。それが人生の幸福度を左右すると信じて疑わない、編集部員や食いしん坊ライターによるランチ連載。話題の新店から老舗まで、おすすめのデイリーランチをご紹介!

うまさと柔らかさに感動! 京町家で味わう熟成豚のとんかつ

分厚い豚肉に衣をつけてからりと揚げたとんかつは、国民食と言っていいほど日本人に愛されている料理の一つ。シンプルな料理ながら、極めるとこんなおいしさがあるのかと驚かされるとんかつが味わえるのが、京都・二条にある「空蝉亭」だ。

一見しただけではとんかつ屋とはわからない佇まい

低温熟成した豚を低温で揚げるというこだわりのとんかつが高い評価を受け、ミシュランガイド、ビブグルマンに2年連続で選ばれ、食べログの京都のとんかつランキングでは1位を獲得(※2022年5月現在)。この人気店が2021年12月に内装やメニューをリニューアルした。

店がある西陣界隈は、南に二条城、東に京都御所と有名な観光地に挟まれたエリアながら、京都で日常に暮らす人々の息吹が感じられる街。古い京町家をリノベーションした店は、昔からの住宅が軒を連ねる街の風景にすっかり溶け込んでいる。

入口すぐの土間と小上がり座敷の両方にテーブル席が用意されている

店内は、古い町家の風情に似合うヨーロッパアンティークの椅子やテーブルが置かれ、落ち着いた雰囲気がある。

座敷の奥には、庭木や石が置かれ、きちんと手入れされた中庭がある。中庭を眺めながら、とんかつを楽しむのも京都ならではの体験だ。

空蝉亭だけのスゴ技! あっさり胸焼けしないとんかつ

店主の古谷大貴さんが「空蝉亭」をオープンしたのは2018年4月。「冬眠熟成」という独自の技術で熟成させた豚を低温でじっくり揚げたとんかつは、しっとりと柔らかくジューシー。揚げ油にもこってりしたラードではなく、京都の老舗、山中油店の軽やかな菜種油を使用。あっさりと胸焼けがしないとんかつはたちまち注目を集めた。

「冬眠熟成」とは、同店秘伝の発酵エキスに豚肉を漬け込み、真空パックして氷点下で熟成させること。これにより肉の持つうまみを凝縮し、肉を柔らかくする。とんかつを究めたいと考える古谷さんが業者と共に開発した「空蝉亭」独自の技術だ。

そして「もっともっととんかつをおいしく召し上がっていただきたい」と、2021年12月、神戸で人気のイタリアン「Ciccia」のシェフを務める青木 勇司郎さんとタッグを組み、メニューをリニューアルした。

絶妙な火入れから生まれるうまみを閉じ込めた豚肉

写真左が「千葉県産林SPF」のロース、右がヘレかつ

進化した「空蝉亭」のとんかつは、これまでとどこが違うのだろう。

まずはメニュー構成を整えた。豚肉の銘柄は千葉県産林SPFと鹿児島県産南州ポークの2つ。そこからロースやヘレといった部位を選び、さらにグラム数も選ぶ。お腹の具合に合わせて、量を選ぶことができるのがうれしい。

ヘレには「追加80g」というメニューが新たに登場。ロースと相盛りにすれば、部位毎の違いが楽しめる。

林SPFがいただけるのは、京都では「空蝉亭」のみ

2つの銘柄豚は「空蝉亭」の信条“あっさりした胸焼けがしないとんかつ”にふさわしいもの。南州ポークはクセがなく、脂身が甘い。林SPFはとんかつの有名店がこぞって使う銘柄豚。クセがないのは南州ポーク同様だが、甘くて口当たりの軽い脂身と、うまみが強いのが特徴。どちらも“冬眠熟成”させ、さらに柔らかさとうまみが増している。

一番大切な工程だという“火入れ(キュイソン)”も青木さんと共に見直した。揚げる時間や温度だけでなく、豚肉に火が入るすべての工程を細かく調整した。

「今までは肉汁があふれるようなとんかつでしたが、肉汁を肉そのものに閉じ込めるようにしました。噛むほどに中から肉汁が湧いてくる。そんなとんかつです」(古谷さん)

しっかり芯まで火を通すが、決してパサつかない。そのギリギリのタイミングを狙って火入れをする。火入れのタイミングは、肉の種類や部位だけでなく、その日の肉の状態によってすべて異なるという。これまでの経験と勘でベストな火入れで仕上げる。「空蝉亭」のとんかつの極意だ。

左から時計回りに自家製とんかつソース、すりごま、自家製ポン酢と大根おろし、ライム、漬物、ポルチーニ塩、マルドンシーソルト

調味料も一新し、ソースなどを自家製にした。「空蝉亭のとんかつをおいしくする。そこにこだわった調味料です」(古谷さん)

とんかつソースが新しく登場。フルーツや野菜をふんだんに使ったソースは、自然な甘みが肉のうまみと一体化する。自家製ポン酢はだしのうまみを利かせて、酸味は抑えめにし、甘い部分だけをすりおろした大根おろしと合わせる。このほか、以前から用意されているイギリス産「マルドンシーソルト」やポルチーニ塩も健在だ。

千葉県産林SPF「ロース 150g」(左)2,600円と「ヘレかつ 追加80g」(右)1,000円(どちらも税込)

本日のオーダーは林SPFのロース150gに、ヘレ80gを追加。揚げたてのとんかつがジューッと音を立てて登場。網の下の南部鉄器に油が落ち、食欲をそそる音をたてる。調味料を付ける順番はお好みで。衣より肉の赤身に付けるのがおすすめだそう。

肉の上にトッピングされているのは黒こしょう

まずはヘレから。肉と一体化しているような薄い衣は、特注の細かいパン粉を使用。パン粉の存在が控えめで、存分に肉のおいしさを堪能できる。

肉厚な一切れをさっくりと歯でかみ切る。しっかりとした食感がありつつも、まるで繊維がほぐれていくような柔らかさだ。赤身のヘレは驚くほどしっとりとしており、肉を噛みしめると奥からうまみが湧いてくる。これまでに体験したことのないおいしさに顔がほころぶ。

肉汁がじんわりとにじみ出て、ツヤツヤした薄いピンク色の肉が食欲をそそる

ロースはジューシーなうまみあふれる身はもちろん、トロリと口の中で溶ける甘い脂身がたまらない。肉と一体化したサクサクの薄衣は、食べ進めてもまったく剥がれることがない。サクサクした衣とジューシーな肉とのコントラストを最後まで楽しめる。

新しくお目見えした調味料はどれも秀逸。ソースは豚肉の甘みに寄り添い、ポン酢は甘みを際立たせる。肉そのものを味わうには、やはり塩がベスト。一皿のとんかつを多彩に楽しめる喜びを満喫したい。