「精進料理」の基礎を築いたのは、曹洞宗の両祖と呼ばれる道元禅師と瑩山禅師であると言われている。その曹洞宗の大本山である總持寺(横浜市鶴見区)では、月に一度、写経・写仏をすることで心を落ち着かせ、昼食に精進料理をいただく「写経の会」なる催しを行っている。

感謝の心を持って、食材に対して“命をいただく”ことを意識しながら食す精進料理は、ただ食べるだけでは終わらない“食事+α”という昨今のトレンドの観点から見ても、大きな発見があるのではないか?

 

前編では実際に参加した「写経の会」のレポートを、後編では今から700年も昔にただ食べるだけではない食事が誕生した背景、そして写経や精進料理がどのような効果をもたらすのか、曹洞宗大本山總持寺・花和浩明老師にお話をお伺いした――。

写経は心願成就の祈りを込める意味合いも持つ

曹洞宗の大本山は、二つある。一つは、福井県にある永平寺、そしてもう一つが横浜市にある總持寺だ。横浜と川崎の中間に位置する都会の只中にありながら、15万坪(東京ドーム約10個分)という巨大な敷地面積を誇る總持寺は、禅苑として国際的な禅の根本道場としても有名な名刹である。曹洞宗は、あのスティーブ・ジョブズが心酔した禅宗としても知られている。

 

「写経の会」は予約制となっており、事前の申し込みが必要となる。当日は、朝9時から参加者の受付を開始し、10時前には写経は始まるため、それほど多くの参加者はいないだろうと思っていたのだが……。

ギッシリである。驚くほど多くの人が参加し、黙々と筆を執っている。しかも、ご年配の方だけではなく、20~30代とおぼしき女性も見かけるほど、老若男女が参加している。

 

さて、そもそも写経とは何なのか。總持寺のHPには、「写経は経典を書写することですが、その目的は自らの信仰を深めるだけでなく、ご先祖の追善であったり、心願成就の祈りを込めて行う仏道修行です」と明記されている。

写経は単に経典をなぞるだけではなく、書写した上で自らの願目を記し、最終的に總持寺に納経していただける、とてもご利益のある行為でもあるのだ。

 

なお、持参品項目に「小筆・文鎮・硯」とあるが、簡易硯・手本・半紙・墨は用意されているため、道具に関しては手ぶらで参加しても問題ない。

早速、写経を始めてみることに。この日は『般若心経』の写経ということで、約1時間半の時間を使って、経題を含めた276文字を書写していく。300文字にも満たない漢字の列など「すぐに書けるのではないか?」と思うだろうが、そんな単純なものではない。なぞるだけなのに、異常に神経を使い、普段あまり意識しない漢字一文字の意味を考えてしまったりする。Twitterの140文字とは訳が違うのである。

 

開始前に、「無心で書くことを心がけて下さい」と言われたが、なんと無心の難しいことか。

 

「汚く書いてしまった……」「お! これはうまく書写できた!」「“無”か……無って怖いよな」などなど、一文字書き終えるたびに煩悩まみれの己の感情が筆先からあふれ出てしまい、無心で書き進めることの難しさを痛感する。

 

誰一人言葉を出さず、清閑の空気が流れる非日常的な写経を終えると、仏僧が般若心経を読み上げながら納経諷経(納経のおつとめ)を行う。その厳かな様子に、きっと参加者は充実感を覚えるに違いない。

「いただきます」「ごちそうさまでした」のルーツである精進料理

納経諷経(納経のおつとめ)を終えると、別室に移動し点心供養(昼食)となる。曹洞宗の精進料理は、食事そのものだけではなく、作法にも様式美が存在する。

 

例えば、「お箸はお味噌汁の上に10時20分になるように置く」「たくあんを最後に一枚だけ残しておき、すべての食事が終えた際にお茶を注ぎ、そのたくあんでご飯のお膳を拭う」など所作や作法に規範があり、そのすべてが禅における修行の一環であるという。

 

作り方や味に関しては後編に譲るが、知らないことだらけの食事なので、とても新鮮な気持ちになると同時に、「いただきます」という意味について、これほど考える機会もなかなかないと断言できる。

というのも、曹洞宗をはじめ禅宗には、「五観の偈(ごかんのげ) 」と呼ばれる食事の前に唱えられる5つの偈文がある。この「五観の偈(ごかんのげ) 」は、道元禅師によって日本で知られるようになった教えだという。「いただきます」「ごちそうさまでした」のルーツとなる精神が、現在に至るまで連綿と続いている曹洞宗の精進料理は、他の宗派の精進料理にはない規範があるため、ぜひ一度体感してほしい。

 

「五観の偈(ごかんのげ) 」が記された箸袋は、箸と一緒に持ち帰ることができるため、總持寺と書かれた箸でご飯を食べるたびに、「写経の会」で教えてもらったことを噛みしめ直すことができるのもうれしい配慮だ。

 

3時間という短い経験ではあるが、写経と精進料理を体験するだけで、普段の食事とは全く異なる食事を味わえるはず。700年前の日本の食事を追体験できる仏僧の風景を通じて、今一度、自分と向き合う。都心からさほど離れていない場所に、これほどまでに“味わい深い”スポットがあるのだから、口福にあずかりに出かけてみてはいかがだろうか?

 

【写経の会 概要】

開催日:毎月25日(要予約・20日締め切り) ※25日以外の場合あり

定員:100名

参加費:3,500円(当日支払/精進料理の昼食付き)

持参品:小筆・文鎮・硯

※簡易硯・手本・半紙・墨の用意あり

後編は、總持寺の老師にお話を伺います

「写経の会」は、単に写経をして精進料理を食べるだけの会ではなかった! 写経を通じて禅を学び、そして禅とは何かを食事を通じて知ることができる、禅僧の修行の一端を垣間見ることができる場だった。

 

後編では、曹洞宗大本山總持寺・花和浩明老師に、曹洞宗と食のつながり、精進料理の作り方などについて語っていただいています。

 

取材・文:我妻弘崇(アジョンス・ドゥ・原生林)