オーナー夫婦の気遣いがうれしい、読書もおしゃべりも快適に楽しめるお店

壁一面の本棚と、文庫棚が組み込まれた特製のカウンター。優しくあたたかな空気が流れる店内には、本が大好きなお客さんの朗らかな声が心地よく響いています。

2016年4月にオープンしたブックバー「余白」を経営するのは、根井浩一さん・純子さん夫妻。

 

本好きが集まる余白では、常連・初見に限らずお客さん同士の会話がよく弾み、すぐに仲良くなります。

 

また、「この人は静かに本を読みたい人だろうな」という雰囲気のお客さんが訪れれば、そっと奥の席に案内。そのうちに他のお客さんの会話に興味を示すようなことがあれば、一緒に会話を楽しめるように、根井さん夫婦がさりげなく気を遣ってくれます。

 

25年間勤めた出版社では、最後は営業部長だったという浩一さん。会社を辞める3年ほど前から、小さなお店を純子さんと一緒にやっていきたいと考えていました。

そもそもは「最初は古本屋をイメージしていましたが、それだけじゃ成り立たないから、奥に小さなカウンターでも設けてお客さんに乾きものでも提供しようか……」という話でした。しかし、本を読みながらお酒を飲むのが大好きな浩一さん。

 

「じゃあ、つまみがほしいよね」「だったらランチもやらない?」と純子さんに提案するうちに、気づけば古本屋ではなくブックバーを開こうという話に膨らんでいきました。

村上春樹のファンである浩一さん。お店を開く時に、村上春樹さんが読者からの質問を受け付けていた期間限定サイト「村上さんのところ」に「路地裏に小さな店を出したい」というメールを送りました。

 

村上さんからは「なかなか素敵そうなお店ですね」という言葉とともに、大学在学中にジャズ喫茶を開業していた村上さんならではの的確なアドバイスをもらえたことが、浩一さんの背中を押しました。

 

村上さんからは、夫婦でお店をやるならば「喧嘩しないように、仲良く」というコメントももらったそうですが、たまには険悪になる時も。

 

「でも、お客さんの前でそんな空気は出せません。なので、開店前はひと言も口をきかなくても、“しょうがないな”と笑顔で働いているうちに、気まずかったことなど忘れてしまうんです」と純子さんははにかみます。

旬の素材たっぷり! 五感で季節を感じられる家庭料理にじんわり癒やされて

他のスタッフは入れず、夫婦だけでランチも夜も営業している余白ですが、2人で提供しているとは思えない豊富な食事とドリンクメニューに驚かされます。

 

お店を始めるまでは、浩一さんと息子3人のために毎日おいしい食事を用意し続けていた純子さんが作る料理は、旬の食材をたっぷり使った家庭料理。

 

純子さんが心がけているのは、「旬の食材を使った出来たての家庭料理を、目の前で作って提供していく」こと。お店の近辺に住むひとり暮らしの若者が夕食をとりに来店することも多いので、「そんなお客さんに、今はこんな食材がおいしい季節なんだよ」と伝えることを純子さんは望んでいます。

たとえば「水ナスときゅうりの塩昆布和え」(税込720円・写真)や「島らっきょう」(税込560円)は、夏になると毎年出すレシピ。メニューを見たお客さんは「おっ、もうこの季節か」と喜んでくれます。

 

それ以外の定番メニューはお客さんや息子さんの意見を取り入れることも多いそう。

大人気の「餃子」(税込640円)は、息子さんの提案。多めの水で蒸してからしっかり水気を飛ばしているので、パリッとした皮の歯ごたえがたまりません。

出版社営業職25年の経験が生きる豊富なお酒のラインアップ!

お酒のラインアップには、全国出張が多い出版社の営業職だった浩一さんが大活躍。出張先で入ったお店のスタッフや他のお客さんにおいしいお酒を教えてもらった経験が生きています。また、そんなお酒のラインアップ目当てでやってくるお客さんも、もちろんお酒好き。なので、情報がたくさん集まり、ますますおいしいお酒が揃う素敵なスパイラルが生まれています。

 

お酒は限定せずに、ビール、ウイスキー、ワイン、果実酒、日本酒、ジンなど、たくさんの種類を置いています。

浩一さんおすすめのカクテルは、フランスの「ジーヴァイン」というジンをライムと炭酸水で割った「ジン・リッキー」(税込820円)。花や果実などを漬け込んだこのジンは、とってもフローラルな華やかさがあります。

一番人気は、すっきりとした味わいの「レモンサワー」(税込580円)。仕事終わりのお客さんが笑顔になる一杯です。

 

ブックバーらしく、ウイスキーを求めてアイラ島を訪れる村上春樹さんのエッセイ『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』に登場するアイリッシュウイスキーも揃っています。

スピリッツも、トリニダード・トバゴ産や沖縄の伊江島産など、なかなか他では飲めないものを置いています。毎年つけている自家製の梅酒も人気です。

 

“余白”という店名の由来は、ページの行間や余白をイメージしたもの。さらには、退屈や暇な時間を指しています。

 

「人が生きていくなかで毎日たくさんやらなければいけないことがありますが、そうではない“余白”の部分を大切にしていきましょう、という願いを込めました。このお店に来たら、日常でまとっている大変さは脱ぎ捨てて、真っ白な時間を過ごしてほしいですね」と、蔵書の背をなでながら、浩一さんは穏やかに語ってくれました。

 

余白にいると、何にも急きたてられない凪のような時間を体感することができます。それは、オーナー夫婦の“人生の余白を大切にしてほしい”という思いが流れているからかもしれません。

取材・文:六原ちず

撮影:難波雄史