〈担々麺クロニクル・後編〉
中国から伝わり、日本で独自の進化を遂げ、すっかり国民食となった担々麺。その歴史とバラエティ豊かな味わいについて、フードライター・森脇慶子が迫るこの企画。その歴史をひもといた前編に続く後編では、スープの種類から味わいまで、多様性に富んだ担々麺の魅力に迫ります。
担々麺ブームの先駆者に訊く、担々麺の定義とは?
今や百花繚乱状態の“担々麺”。では、いったい何をもってして担々麺と言うのだろうか――? 素朴な疑問のもと、担々麺ブームの先駆者である正宗四川料理「趙楊」のオーナー・趙楊さんに尋ねてみれば、「汁の有り無しが重要」で、具や調味料の内容は、言ってみれば何でもあり! なのだとか。
曰く「四川でもお店によっていろんな担々麺がある。お坊さんが食べる担々麺は肉味噌が入らないし、辛さも店々でまちまち。ただ、本来は屋台の食べ物だから、汁のないものが正統なスタイル」とのことだ。
なるほど。そうなると汁ありの日式担々麺は、正確には担々麺とは言えないようだが、日本では、辣油の辛味が利いた挽肉入りの麺を総じて担々麺と呼んでいるような気がする。ご当地名物の勝浦タンタンメンしかり、広島の汁無し担々麺しかりだろう。
とはいえ、具と調味料はなんでもありというのなら、巷に溢れる担々麺のバラエティの豊かさもあながち的外れなことでもないようだ。ゴマの風味たっぷりのマイルドなタイプから麻辣(マーラー)味がビシッと利いたハード系、あっさり味から濃厚系まで多岐にわたる進化を遂げている担々麺。その中で、女子に人気の高い一品といえば神楽坂「エンジン」のそれだろう。
和の食材を中華に取り入れた、軽やかな創作モダンチャイニーズが評判の同店だけに、担々麺も万人が食べやすいマイルド型。「スープも飲み干せるように作りました」とのご主人松下和昌シェフの言葉通り、鶏ガラと豚骨ベースのスープに胡麻の香りとコクがバランスよく馴染み、麺に絡む。
聞けば、白胡麻の生ペーストと炒ったねり胡麻の2種類の胡麻ペーストを用いているそうで、白胡麻で濃厚さとほのかな甘みを、炒りごまで香りの高さを演出している。トッピングは、肉味噌のほか水菜とローストした松の実。辛さが苦手な向きにもおすすめだ。担々麺1,500円(税込)。ランチは1,800円(税込)コースの締めとして登場する。
このエンジンの担々麺のアレンジバージョンが、赤坂「うずまき 別館」の担々麺。もともと松下シェフは「うずまき」の料理長だったゆえ、その置き土産というわけだが、「スープは、以前と少し変えて、今の『うずまき』と同様、鶏の胸肉と豚の赤身でとり、肉味噌もやや味を濃いめにしています」とはご主人の大沼さん。汁ありのほか、汁なし(温と冷)、汁ありの冷やしと担々麺は4タイプで950円(税込)〜。
女子受けという点では、ウェスティンホテル東京「龍天門」の担々麺も負けてはいない。同店の担々麺を食べたさに、ここで結婚式を挙げた知人もいるほどだ。おいしさの秘密は、滑らかにしてクリーミィな口当たりのスープだろう。白胡麻をベースに、胡桃を隠し味に加えたコクがそのクリーミィさを支え、酸味と甘みのバランスも良く、全体に品良くまとまった佳品。その名物の担々麺が、昨年、メニューから消えた! と思ったら、裏メニューとして健在であった。
昨年、新たに料理長に就任した和栗邦彦料理長によれば、「リニューアルにあたり、店名も中国料理『龍天門』から広東料理『龍天門』に変わったので、そこに担々麺は無いかな、と思ってグランドメニューからは外しましたが、根強い人気があるので、食べたいとおっしゃるお客様にはお出ししていますよ」とのこと。それに伴い、レシピもやや改良した。
まず、酢を日本の白酢から中国の黒酢に変え、仕上げに入れることで酢の酸味と香りを立たせ、更に山椒もそれまでの国産の青山椒ではなく、「花椒や唐辛子などで作った自家製の、言わば食べる辣油的なものをかけるようにした」そうだ。対して、肉味噌自体はシンプルな味付けにするなど微調整。以前に比べ、やや本格的なテイストとなると共に全体のメリハリがより際立った味になっている。一方、冷やしの方は胡桃の代わりに白味噌と豆板醤を入れ、最初からスープで割って冷やしているそうだ。
シビレを堪能するなら、ストレートな辛さの麻辣系担々麺
さて、辛口ならば恵比寿「上海四川料理 廣安」の「麻辣担々麺」1,200円(税込)が頭に浮かぶ。ここでは、芝麻醬(チーマージャン)たっぷりの濃厚胡麻スープ系の「四川風担々麺」もあるが、「四川担々麺では辛さが物足りない方向けに、ストレートな辛さがピシッとくる麻辣担々麺を作ってみたんです」とは、ご主人の田部広一郎料理長。
テーブルに置かれた丼になみなみと入ったスープはやや赤黒く、辣油感満載で見るからに辛そうだ。それもそのはずで、聞けば、にんにくや花椒、唐辛子で作る具入り辣油にピーシェン豆板醤、中国醤油や黒酢等を入れた麻辣ダレがベースだそうで、これだけでも充分辛そうだ。
が、しかし。そこに唐辛子、ネギ、生姜のみのオーソドックスな辣油とシナモンや八角、さらに、丁子に陳皮等々8〜9種の香辛料で作るスパイシーな2種の辣油もプラス。合わせて3種類もの辣油で辛味と香りを演出した手間のかかった力作だ。芝麻醬が入っていない分、たしかに辛さに妥協がない。が、スカッと抜けるような辛さの中、豆板醤のコクがじんわりと広がり、最後まで飽きさせない。
ユニークなのは高井戸「高井戸麻婆 テーブル」の「冷やし担々麺(夏季限定)」。ビジュアルからして迫力たっぷり! 真っ赤な辣油の海に浮かぶはレタスなどの生野菜。その上には、さらに素揚げしたカシューナッツやフライドオニオン、そして干し海老や豚肉、鶏肉、干し椎茸で作った自家製台湾風肉そぼろが、丼全体を覆うかのように山と積まれている。温かい担々麺をそのまま冷製にしたかのような様相に、一瞬、目を見張りまじまじと丼を見つめていると、根岸正泰シェフがひとこと。
「そうなんです。内容もほぼ温かい担々麺と同じ。ただスープを鰹節などの魚介系にし、隠し味にハチミツを少々入れて甘みを少しだけ補っています。あとは、野菜を生野菜にしたことぐらいですね」。一口啜ると、ひんやりとした口当たりの中、花椒と唐辛子の辛味、痺れ味が怒涛の如く口中を覆うものの、そこに芝麻醬のコクやトッピングの干し海老、干し椎茸の旨味が加わり辛さに厚みが生まれる。
辛味と旨味、そして香りの三つ巴で箸を持つ手が止まらない。カシューナッツの香ばしさと食感がアクセントとなり、食欲を一層加速させる。このクオリティ、ボリュームで880円(税込)はお値打ちだろう。ちなみに温かい担々麺は780円(税込)。
さて、より刺激的な辛さと痺れを求めるなら中国割烹「龍眉虎ノ尾 西麻布」の「冷やし青山椒麻辣麺」2,000円(税込)がいい。麻辣といえば、エキゾチックな赤色を思い浮かべるが、こちらは、見るからに涼やかなグリーン一色。とはいえ侮るなかれ! 料理長の岡田三郎さんによれば、「緑色のソースは、フレッシュな青唐辛子に青山椒をたっぷり、そこにニラを加えてペースト状にしたもの」だそうで、一口食べればスーッと脳天を突き抜けていくかのような辛さの洗礼に恍惚となる。
唐辛子がフレッシュな分、辛さがストレートにしてシャープ。そこに青山椒の爽やかな香りと痺れ感が加わり、額に汗している自分に気がつくはずだ。トッピングの香菜がアクセントとなり、辛さと風味に抑揚をつけている。歯ざわりも軽やかな胡瓜、あっさり仕立てた蒸し鶏等のトッピングを箸休めならぬ舌休め?!にいただけば、おいしく暑気払いできそうだ。
他にも、銀座の「シビレ ヌードル 蝋燭屋」、渋谷のカレー担々麺の「麺屋虎杖 渋谷」など、ますます広がる担々麺ワールドから目が離せない。