〈僕はこんな店で食べてきた〉食いしん坊たちと牛肉の関係

先日、池尻大橋「オー オン ブーシュ」を訪れた。この数年、赤身肉好きの食いしん坊から神のようにあがめられている滋賀の肉屋「サカエヤ」の店主、新保さんが手当てしたジビーフ、近江牛、愛農ナチュラルポークを直で仕入れ、フランスのビストロや肉屋で修業した河村シェフが焼くという素朴なビストロだ。

前菜にパテドカンパーニュやコーンドビーフ、豆とキャベツのサラダ、アッシュパルマンティエなどを頼み、シェフが持ってくる塊肉から近江牛のウチモモ、ソトモモ、鹿ヒレ肉を選んだ。ソトモモなんて硬くてステーキでは食べられないと思っていたが、新保さんの手にかかると、ほどよい硬さと味で実は一番うまかった。

「ビストロ オー オン ブーシュ」のイチボ 出典:ガレットブルトンヌさん

なるほど、赤身の肉は旨いなあ、霜降りは脂っこくて食べられないなあ、などと思ったが、よく考えるとほんの30年前までの日本はほぼ100パーセント霜降り信仰だった。

その事情が変わったのは1991年の牛肉輸入自由化だろう。それまで牛肉は国産がほとんどだったから価格も高く、ステーキハウス「ハマ」のような鉄板ステーキ店で霜降り肉を鉄板で焼いて、ガーリックライスで〆る、ハレの日のご馳走だった。

霜降り信仰全盛期

財界人や政治家が集まる銀座の隠れ家バーでは当時、裏メニューでビーフステーキを焼いてくれる店がいくつもあった。いまはどこも閉店してしまったが、かすかな片鱗を銀座8丁目にある「PENT HOUSE」でうかがい知ることが出来る。クラブが複数入るビルの一角にあり、メニューはサラダと牛肉刺身(僕が行き始めた当時はまだ生肉を提供できた時代だった)とステーキだけ。だが、質のいい霜降りを焼き、客層も飛び切りいい。

「PENT HOUSE」のステーキ 出典:小宮山雄飛さん

その後、自由化で輸入牛が増えるとともに千円台でステーキが食べられるチェーン店も出来たのだが、実はその流れとは別に日本では「A5信仰」が確立したのもその頃だから面白い。つまり霜降り率が高く、値段も高い和牛が輸入牛とともに珍重されたのだ。

1990年代前半に相次いで出来た高級ホテルの鉄板コーナーが象徴的で、ホテルオークラ東京「さざんか」は1990年、帝国ホテル「嘉門」は1993年に出来た。一流ホテルならではの牛肉仕入れルートを持ち、バブルが残存していた時期に対面で料理してくれるというスタイルが人気を博し、一時期は予約が取れないほどだった。
牛肉に多様化の波が到来し、21世紀に入り、外国人が東京に数多く住むようになると、牛肉の選択肢自体が増えてきた。アメリカやニュージーランド、オーストラリアなどから赤身中心の肉が輸入され、国産牛も黒毛和牛だけでなく、あか牛や短角牛などの品種が知られ、経産牛やホルスタインのうまさも見直されるようになったのである。

そこで出てきたのが、赤身肉の見直しであり、熟成という処理方法だった。もともと熟成は、霜降り肉より赤身肉のほうが味の変化が顕著なため、赤身肉に焦点があたるようになった。たとえば吉祥寺に赤身肉専門店「肉山」が出来たのは2012年11月。赤身肉をお腹一杯食べて5,000円という値段が評判になり、いまや全国各地に支店を出し、海外にも進出している。

いきなり!ステーキ」も肉ブームに拍車をかけた。一般的になったとはいえ、ご馳走ではあるステーキをスタンディングで食べることで人件費を抑え、1グラム単位で売るという革新的商法が話題を呼び、瞬く間に全国に広がったのである。

さらには、以前から一部の熱狂的な肉好きのファンがついていた新橋「あら皮」や八重洲「ゆたか」出身者が相次いで店を出し、極端な霜降りではないけれど、上品で旨い肉をステーキにする店がこの数年で10店近く開店した。

 

牛肉好きがどんどんマニアックになっていくのに呼応するように、ブランドや部位を細かく分けて対応する店が増えてきたのである。どこも決して安くはないが、生産者との交流も盛んで、肉好きをうならせる牛肉を発掘し、その肉にあわせた焼きの技術を確立させていった。

僕自身は90年代から、ゆたか出身の大島学さんが独立しオープンした八重洲「西洋料理 島」が好きで通っている。ここは特製窯で蒸し焼きにしたステーキを出すが、同じような方法を取るのは、大島さんの弟弟子の銀座「かわむら」、築地「ひらやま」、島で修業した築地「藤田」などだ。

「西洋料理 島」 出典:毎日外食グルメ豚さんさん

こうしてみるといまは、かつてないほどの種類のステーキが食べられる肉好きにとって楽園のような時代だ。安く肉を味わいたければ「いきなり!ステーキ」のランチなら300gで1,500円もしないし、最高級の肉を食べたければ「かわむら」に行けばいい。

さらにはこの3月、究極の焼肉と銘打った「焼肉X TEN」が西麻布にオープンした。健康的に育てられた宮崎の都萬牛、兵庫の但馬玄、三重の松阪牛だけを使い、肉だけでなく内臓も調理、しかも個室だけ。ここまでとんがったコンセプトの肉店は珍しいが、食いしん坊にどう受け入れられるか、楽しみだ。