【発想の食時間】

クリエイティブな仕事をしている人たちは、食のシーンからどんなインスパイアを受けているのだろうか。はたまたどんな場所で自分を取り戻し、思索にふけるのか。誰にも真似できないアイデアをつくりだす気鋭のクリエイターたちに聞く、それぞれの食への思い。

vol.1 建築家・谷尻 誠

「“Food is Idea”というコンセプトを実現したくて、事務所兼食堂をつくってみました」

 

谷尻誠/1974年広島県生まれ。穴吹デザイン専門学校卒業後、本兼建築設計事務所、HAL建築工房を経て2000年にSuppose design office 設立。2014年より吉田愛と共同主宰。住宅をはじめ公共・商業施設からランドスケープデザイン、インスタレーションまで幅広い分野で活躍。

 

 

今年4月、代々木上原駅から歩いて数分、井の頭通り沿いにオープンした「社食堂」という名のダイニング。近所の人たちを中心に、リピーターも多いというこの店は、建築事務所であるsuppose design officeの中にある。その名の通り、事務所で働くスタッフのための社食であり、多くの人たちに開かれた食堂でもある。この社食堂をつくるのが長年の願いだったという、事務所の代表の一人であり、建築家の谷尻誠さんに話しを聞いた。

 

 

—社食堂を作った意図は?

 

食べることとと働くことっていうのはすごく密接。なのでずっとやりたかったんです。根底にあるのはFood is Ideaという考え方。人間の細胞の原料は食べ物ですよね。食べ物によって細胞が形成されて、細胞が人間に指令を出す。つまり、何を食べているかが、いいアイデアを出せるかどうかに繋がってくる、と。じゃあ根っこからやるしかないよね、ってことで食堂なんです。それに、スタッフで健康で働ける方が会社としても効率がいい。インナーブランディングにもなるな、と。スタッフがこの食堂を自慢に思ってくれて、外部の人に「美味しいから食べにおいでよ」と誘いやすくなるとか。

 

 

谷尻誠 + 吉田愛/サポーズデザインオフィスの新東京事務所内に作られた「社食堂」。本棚にはブックディレクターの幅 允孝さん監修による建築関連の本が並ぶ。

 

 

—社食を一般に開放したのはなぜですか?

 

建築の仕事をしていても、興味を持って仕事を頼んでくれる人は世の中のごく一部。僕らがやりたいことは建築の“砂山”を大きくすること。建築の良さが社会に届けば、結果的にみんなが仕事ができるしやりやすくなる。お客さんがたまたま手に取った本を見て、建築って面白いな、と思ってもらえればいい。

 

 

 

—事務所と食堂の仕切りがなくて、仕事に差し支えたりしないんですか?

 

最近、カフェで仕事してる人が増えてますけど、あれって結構集中しますよね。静かな中にノイズが入ってくるとうるさいんですけど、常に生活音がある中で集中するって、本当の集中なんですよ。

仕切ったら単なる食堂と事務所。それはどこにでもありますよね。僕らがやりたいのは昼になって人がきて賑わい始めると、食堂が浮かびあがる。で、ご飯の時間が終わってコーヒーを飲みながら打ち合わせとかが始まると全体が会議室になるんです。

 

 

—メニューづくりの際、大切にしたことは?

 

毎日食べても飽きなくて、体に優しいということです。 だからここはおかん料理なんです。派手さはないけど、ほっとできるような。僕はおばあちゃん子で、料理も祖母が作ってくれたんですよね。そうすると食卓が茶色いから嫌で。煮物やら山菜やら。でも、今振り返るとああいう食べ物が自分をつくってくれたんだな、と思うんです。それを現代にもう一度やったほうがいいのかな、と。日替わり定食(1,100円)は主食を魚か肉料理を選べて、”これを食べてればとりあえず大丈夫”という献立にしてもらってます。料理を作ってくれているやまちゃんは古くからの友人で、実はジョエル・ロブションで10年働いていたという凄腕なんですよ。

 

「原体験は土曜日におばあちゃんに連れて行ってもらって食べたお好み焼きです」

出典:ナカちゃんさん

 

 

—谷尻さんにとって欠かせない料理はなんでしょうか?

 

広島のお好み焼きです。ダントツで好き。小学生のときは、土曜の昼はお好み焼き食べにおばあちゃんが連れてってくれて。外にご飯を食べに行って、美味しくて楽しいっていう原体験ですよね。

今も広島に行くと必ず行くお好み焼きやさんがあって。「はぜや」ってところで、めちゃくちゃ美味しい。マスターがまた良くて。ふだんは多くは語らないけど、聞くとたくさん話してくれるんですよ。「すげえなこの人、めっちゃ考えてるな!」って思わされる。キャベツの採れるシーズンで水分量が違うから焼き方を変えてるとかね。

 

出典:harunya66さん

 

 

最近、東京でも、上原の近くに「こしんじ」っていう店を発見してここは合格!(笑)偉そうですけど。お好み焼きは、昼夜を問わずいつでも食べたいものなんです。

 

「食べることだけじゃなくて、体験丸ごと楽しい、みたいな店に惹かれます」

出典:みるみんくさん
出典:えこだねこさん

 

 

—建築家としての谷尻さんを刺激する店というのはありますか?

 

たとえば「ビールを飲む」っていうのはグラスも同時に味わっているわけで、グラスがどんな口当たりか、どんなデザインかが影響してくる。口の中だけじゃなく唇や目や手でも味わってるんですよね。職業柄もあるかもしれないですけど、色んな感覚を満たしてくれる店、というのはいいな、と思います。お店の人との会話が楽しいとか。お店全体の体験で美味しいかどうか決まる。変な言い方かもしれないけど、料理がおいしいというのはご飯やさんなんだから当然。それよりさらに体験を求めてるっていうのはありますね。

神泉の「チニャーレ・エノテカ」はそういう意味ですごく好きです。都立大のときからお邪魔してて。オーナーシェフの東森(俊二)さんのキャラと、出てくる料理と、全体のプレゼンテーション全てが「最高だな!」って思っちゃいます。最初に材料を見せてくれて、これがこんなふうになるという説明があって、作ってるところが見えて、とストーリーがありますよね。東森さん自身がね、美味しそうなものを作ってくれそうなシェフじゃないですか(笑)。なのであの店は体験として好き。料理だけでは見ないのかな、僕は。

出典:nakonakokanakoさん

 

 

—仕事で行き詰まったりしたときの解消法は?

 

常に行き詰まってますからね(笑)。みんなでごはんを食べにいって解けることってありますね。そもそも僕、ひとりでごはんができないんです。で、先日仕事が忙しくてご飯食べそびれてどうしようかなと思った時に勇気を振り絞ってひとりで居酒屋に行く、ていうのをやってみたんですよ。それが、神泉の「うせがたん」という熊本料理の店。しょっちゅう行ってる店なので、ここならひとりで行けるかな、と思ったら、知り合いがいっぱいいて、結局ひとりデビューはできませんでした(笑)。僕、気に入った店があると、わりと一途なほうで。「うせがたん」はくつろげる雰囲気もいいし、料理もおいしい。スタッフの人とも仲良しなので、通ってます。

 

—人との関係が大きいわけですね。

 

ほぼ人ですね。人がお店を作ってるし誰と食べるかで味が変わるじゃないですか。

仕事柄、海外の建築を見に行く、なんていうこともするんですが、それは単に有名建築をスタンプラリー的に見るんじゃ何もわからないんです。建築を巡る旅の価値は、そこで出会った人や食べたものが大きく左右する。パリのルーヴル美術館が素晴らしかったっていうのは、その前後で美味しいごはんを食べて、それまでの街並みや合った人や、立ち寄った店なんかのエピソードがあるからこそ。ルーヴルだけが素晴らしいと言うわけじゃないんです。食べることも同じ。食べることの周りにあることは、食べるのと一緒。

「仕事で飲食店を手がけるときは、お店に人格をつくることを意識するようにしています」

 

出典:cdmaryuさん
出典:cdmaryuさん

—谷尻さんにとって忘れられないお店ってありますか?

 

広島に「トリクシ」ってお店があるんですよ。以前は「鳥串一代」という名前で、学生の時にそこでバイトしてたんですが、社会人になって辞めて。お客さんとして行ったりしてたんですが、26歳の時、当日働いてた建築事務所から独立したときに、仕事がなくて暇だから、夜の時間にまたバイトさせてもらったんです。これまでで一番長く働いた場所かも。で、数年後、その店がリニューアルするときにデザインをさせてもらいました。実は2代目が同級生で。

 

—バイトしていたお店のデザインを手がけたなんて、いい話ですね。

 

昔、小座敷って場所があって。そこはちょっとこもったスペースで、みんなそこでひどい酔い方をするわけです。バイト泣かせの部屋で(笑)。いい意味でも悪い意味でも思い出深いね、という話になって、新しいデザインでもそういう場所は作りました。

 

—ご自身が飲食店を手がけるときに心得てることは?

 

お店の人格をつくるっていうんですかね。寿司店って、カウンターがアイコンですよね。でも東京って立派なカウンターの店ばっかりじゃないですか。1000万した、2000万したって。たとえば、1万円の指輪って高いですか?1万円の靴下は?指輪は安いけど靴下は高いですよね。

それと同じで、高くて当たり前のカウンターをつくるより、100万円のまな板を作ったらどうですか、と提案するんです。職人さんはまな板の前にいるわけだから、職人さんのステージにお金をかけるべきなんじゃないかと。代わりにカウンターは廃材を使うと。そうすると高いまな板とラフなカウンターでコントラストが生まれてわびさびのある空間が生まれる。そうしたストーリーまで、一気通貫でできれば、僕らがお店のデザインをお手伝いする意味が生まれてくると思います。

 

—社食堂や絶景不動産など、新しい試みをどんどんされていますが、今後の予定は?

 

最終的にはホテルをやろうと。社食堂もそのステップです。自分たちでホテルを経営したいんです。ホテルってすべての総合体ですよね。アートも本も、食もカルチャーも詰まってる。そこと事務所を一緒にしたい。すでに広島の記念公園の近くに建物は所有したのでこれから建て替える予定です。2、3年後が目標ですね。

 

【谷尻さんの“発想の食空間”】

1.事務所と食堂がシームレスになった新しい食空間。ご近所のリピート率も高い。

 

2.お好み焼きの本場にあって、谷尻さんダントツ一押しの店。広島訪問のときはぜひ寄りたい。

 

3.東京で見つけた“合格”のお好み焼き。都内在住広島出身者が多く通う。

 

4.移転後も人気は増すばかり。谷尻さんも魅了するイタリアンレストラン。

 

5.気軽な雰囲気の中で、熊本料理を中心とした皿が楽しめる懐の深さが魅力。

 

6.谷尻さんがデザインした内装も必見。焼き鳥店なのに自家製パンも人気。

 

撮影:浅井広美

取材・文:食べログ編集部