自分自身がずっと行きたかった、「心置きなく快適に本が読めるお店」を

「本を心置きなく快適に読めるお店というのが、あまりに少ないなあと昔から思っていました。外で本を読みたい人達のための場所を守りたかったし、なにより、自分がそういうお店に行きたかった。だから、自分自身が行きたいお店を作ろうと思いました」

 

ゆったりとした話し方でそう語るのは、初台にある本の読める店「fuzkue(フヅクエ)」の店主、阿久津隆さん。「fuzkue」は“最高の読書環境”を目指すお店として、2014年10月に東京都渋谷区初台にオープンしました。

「fuzkue」には、いくつかのルールがあります。

たとえば、店内では「おしゃべり禁止」。お店を開く時に、阿久津さんは同じく読書をテーマにした飲食店である、高円寺のカフェ「アール座読書館」を参考にしました。同店を訪れた時に、阿久津さんは「なるほど、喋れないお店にすればいいのか!」とショックと感動を受けたといいます。

 

ひとりひとり区切られた空間を楽しめる「アール座読書館」を自分なりに解釈・チューニングした阿久津さんが「fuzkue」で実現したのは、“開けた静けさ”。座りごこちのよいソファやカウンターテーブルの席が用意された店内には、パーテーションなどは置かれていません。隣に人がいることを意識しつつも、スタッフとお客さんが秩序を守り、静かで心地よい空間を安心して享受することができます。

 

「ひとりで本を読むという行為は、孤独だし弱いし守られていない。だからこそ、このお店では、ひとりだけれども孤独ではない、ということを伝えられる空間を意識しています」と阿久津さん。

店主の阿久津さん

“最高の読書環境”を担保するユニークな席料制

話し声とは別に、飲食店での読書を躊躇してしまう理由のひとつは“肩身が狭く感じがちなこと”。本を読むという過ごし方は、会話がはずんでお酒が進むわけでも、たくさん飲み食いするわけでもないため、お客さん自身が「自分はこんなに長居していいのかな」と思ってしまいがちです。コーヒー一杯だけの注文では、店員さんの視線からも「もっとなにか頼まないかな」というメッセージを深読みしてしまいます。

 

そこで、阿久津さんは変則的な席料制を取り入れました。
「コーヒー一杯でもお客さんが遠慮せずに何時間でも店で読書を楽しめるように、オーダーいただいた内容によって席料が変わる仕組みにしています。頼めば頼むほど席料は減っていき、ゼロにもなる。飲み物1杯でも、ある程度飲み食いしても、なんとなく2,000円前後にお会計がおさまるイメージの料金設定になっています。ルールをカチッと仕組みにすることで、お店にいる間の“最高の読書時間”を担保する――それが、この場所がやっていることです」

 

それ以外にも、スマホのバッテリーを気にせずすむようにコンセントを用意したり、靴を脱いでくつろげるようにスリッパを用意したりと、店には本を楽しむことの邪魔になるものを可能な限りそぎ落とすための思いやりで満たされています。

豊富な料理と飲み物メニューと一緒に、一日じゅう過ごせる空間

飲み物や料理のメニューも豊富な「fuzkue」。

 

ただ、阿久津さんは「メニューには特にポリシーはない」とのんびり。料理や飲み物はあくまで読書の添え物であり、「コーヒーを飲みたい人はコーヒーを飲んで、食べたい人はご飯を食べて、飲みたい人はお酒を飲んで。それぞれの過ごし方で、そんな時間を全体で楽しんでもらえればいい」と言います。

「お母さんが作る100点満点」といった印象のチーズケーキ。バニラオイルを加えるなど、阿久津さんなりのアレンジがほどこされています。コーヒーは、お店で挽いた豆を一杯一杯丁寧にドリップ。

大学時代にルームシェアしていた友人から教えてもらったカレーは、もう7年以上作り続けている自信作。副菜はほうれん草のごま和え。「そのとき作れるおかずを出しているので、内容は日によって変わります」

 

「fuzkue」では、約4割のお客さんが、何らかの形でアルコールを楽しんでいます。「快適に読書ができるカフェも少ないのに、お酒が飲めるお店となるとさらにハードルが高い」という阿久津さんは、自身も毎日晩酌するお酒好きでもあります。

「そのときどきのコーヒー」「そのときどきの紅茶」「そのときどきのジン」「そのときどきのビール」として、定期的に変更されるドリンクメニューも、「fuzkue」の魅力のひとつ。特にクラフトジンは、ここ数年でひそかな流行を生んでいる注目のお酒。2018年は国内のジンも豊作で、いろいろな銘柄が登場しているそう。

取材時は北海道の紅櫻蒸溜所のクラフトジン『9148』を提供中でした。日高昆布、干し椎茸、切干大根の香りと甘みがバランスよく合わさっています。

各路線にひとつずつ「最高の読書環境」が楽しめる場所を

「fuzkue」の店内には、約1,000冊の本が置かれています。すべて阿久津さん自身が読みたいと思い、購入したもの。その数は、いまもどんどん増え続けています。

阿久津さんの読書体験の原点は、小学校低学年のころまでお母さんが寝る前に読み聞かせてくれた『ズッコケ三人組』。すごく面白くて、いつまでも飽きなくて、読んでもらうと自然と続きが気になって……そんな気持ちが強まり、自分でも本を読むようになりました。

 

読書が一部の人だけの高尚な趣味として扱われることには警鐘を鳴らす一方で、「こんなにいい趣味ってなかなかない気がするんですよね。どこでもできて、本と自分さえあれば、道具も特別な技術もいらないし、一人でできる。一冊の本を読み切る時間を考えれば、コスパだって実はいい。こんなにいいものはないな、と思っています」と溢れる読書への愛情を語ってくれる阿久津さん。

 

そんな阿久津さんの次なる目標は、「fuzkue」のようなお店を増やしていくこと。

「とくに希望の場所があるわけではなく、“この町にあったら、面白いだろうな”“この町の人ならば必要としてくれるだろうな”という場所があれば、挑戦していきたいです。東京の各路線に、ひとつずつくらい作れたら最高ですね。現在、出資者を募集中!」

 

また、「fuzkue」では、みんなで黙って同じ本を読む「会話のない読書会」というイベントも不定期で開催しています。「同じ映画を観るように、読書する時間を共有するという時間はほとんどの人が経験したことがないはず。それがやれたら、面白いと思って始めました」と、奇をてらっているわけではないけれど、既存の方法にはしばられず、自由なお店を築いています。

 

読書好きの店主だからこそ作りあげることができた理想の読書空間、ぜひ堪能してください。

取材・文/六原ちず

撮影/柿崎真子