ページをめくり、お腹を満たす

ブックディレクター 山口博之さんが、さまざまなジャンルより選んだ、「食」に関する本を紹介する人気連載。気鋭のイラストレーター瓜生太郎さんのコミカルなイラストとともに、“おいしい読書”を楽しんで。

「おいしくしすぎないように」すること

Vol.6『わたしだけのおいしいカレーを作るために』(パイ・インターナショナル)著:水野仁輔

原稿を書くべく『わたしだけのおいしいカレーを作るために』を読んでいたら、書く前にどうしてもカレーを食べなくてはいけない気がして、事務所近くの「ムルギー」で玉子入りムルギーカレーを食べてきた。著者の水野仁輔さんの言う、日本のカレーといえばここであり、ほかを探してもふたつと見つからない、“印度料理という名のジャパニーズカレー”(日本人が試行錯誤の末に開発した日本独自のカレー)を出す名店とのことだ。

 

本書は、1999年から出張料理集団「東京カリ〜番長」を立ち上げ、「カレーでイベントができるというコンセプトを世の中でいちばん最初に体現した集団」として、様々な場所に出向き、その都度、新しいカレーを開発、ライブで提供してきた水野仁輔さんによる初の料理エッセイだ。水野さんは、レシピ本を中心にこれまで40冊を超えるカレーに関する本を出版している。レシピではなくエッセイ集であるこの本で語られるのは、彼が地元は静岡浜松のカレー屋「ボンベイ」に5、6歳で出会ってから、“自分だけのおいしいカレーレシピ”を披露するまでの、カレー探求の格闘であり、日本のカレーの系譜探訪であり、幸福なカレーライフとは何かを探ってきた日々の回想である。

 

会社員と二足のわらじを履き、「史上最強のアマチュアカレー集団」とも呼ばれた東京カリ〜番長。レシピとスパイスが定期的に送られてくる「AIR SPICE」を2017年に始めた水野さんは、同年東京カリ〜番長を脱退。新たな船でひとりカレーの海へと漕ぎ出した。この本は、水野さんにとってカレー活動を始めて脱退するまでのひとつの区切りのような本になっている。

 

これまで書いてきたたくさんの本の中から、カレー作りのエッセンス的な言葉が随所にはめ込まれ、濃縮されながらも柔軟なカレー哲学を読み取ることができる。その基本的なひとつは、水野式カレーのおいしさを支える5つの要素、ベース/スープ/スパイス/具/隠し味であり、方程式化された「カレーの法則・改訂版」は【おいしいカレー=(ベース+スープ)×スパイス+(具+隠し味)】なのである。

 

「カレーは足し算と引き算を繰り返す料理」であり、「強気で炒め、弱気で煮込む」ものでもあり、「塩、水、火、油、手の5つの加減がカレーの味を決めている」。スパイスカレーのゴールデンルールを考案し、システムカレー学なるものも発表、応用してきたが、水野さんがカレーを作る時に心がけるのは、「おいしくしすぎないように」することでもある。一度食べて満足して終わるカレーではいけないのだ。また食べたいと思ってもらえるカレー。東京カリ〜番長を始めた頃、「カレーとは、コミュニケーションツール」と言っていたという水野さんは、カレーを通じて、考えや思い、感情のやりとりが継続的に行われてほしいと考えているのかもしれない。

 

「どんな材料を使うかよりもその材料をどう使うかに注目したい。それがカレーのおいしさを作ると思っている」。同じレシピでも人によって味が変わってくるのは、どう使うかに人柄が反映されるからであり、その個性が“わたしだけのおいしいカレー”を導いてくれる。お店で食べるも、自分で作るも、カレーは個性を強く反映する不思議で魅力的な食べ物だ。

 

『わたしだけのおいしいカレーを作るために』
(パイ・インターナショナル)著:水野仁輔

 

イラスト:瓜生太郎