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〈食べログ3.5以下のうまい店〉
おいしいもの好きのあの人に「食べログ3.5以下のうまい店」を教えてもらう本企画。今回は、連載「森脇慶子のココに注目」でおなじみ、人気フードライター・森脇 慶子さんおすすめの和食店「五月四日」をご紹介。
教えてくれる人
森脇 慶子
「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。
豊富なアラカルトメニューが酒を誘う「五月四日」(いつきよっか)
ルーツを辿れば、遥か天平の時代にまで遡る居酒屋の歴史。当時は“酒肆(しゅし)”と呼ばれていたようで、“居酒屋”の名が生まれたのは江戸時代になってから。町人文化が花開く中期に入ると、酒を買いに来た客たちがそのまま店に居座って飲むようになり(今でいう角打ちのようなものか?)、“お客が酒屋に居続けて飲む”が語源となって“居酒屋”という言葉が生まれたらしい。 今やチェーン店から大衆酒場に銘酒居酒屋まで、一口に“居酒屋”といってもそのスタイルは実に様々。昨今、高嶺の花になりつつある和食を手軽に楽しめる場所としても、庶民にとっては欠かせない存在だろう。
居酒屋というからには酒のラインアップは言わずもがなだが、料理の良し悪しも店選びの大きなポイントの一つとなる。そうは言っても、あまり凝りすぎた料理は居酒屋には不似合いだ。料亭や割烹で見かける高級食材を駆使した逸品や気取った料理ではなく、もっと雑かけない、それでいてどこか気が利いている、そんな一皿が酒をグッと楽しくしてくれるものだ。そう、居酒屋の主役はあくまでもお酒なのだから。そんな酒飲みのわがままを叶えてくれる期待の新星がここ。用賀の商店街の外れに昨秋オープンした「五月四日(いつきよっか)」だ。
「“いつきよっか“という名は、僕が5月4日生まれということもありますが、もう一つ、父の故郷・石垣島のミンサー織にも由来しているんです」と語るのは、ご主人の与那覇朝雄さん。そのミンサー織とは、琉球王朝時代から伝わる沖縄の織物のこと。五つと四つの柄から出きており、そこには“いつ(五)のよ(四)までも末永く”という意味が込められいるのだとか。沖縄では5月4日をミンサー織の日と定めているそうで、与那覇さん曰く「この店が末長く続きますように、との思いを込めて五月四日と名付けました」とのこと。
その思い通り、オープンして一年も立たぬうちに、地元でも評判の人気店に。中には家族連れで訪れる方々もいるほどだ。それも、前菜からシメの食事までざっと60種余りが並ぶ豊富なアラカルトメニューを手にすれば合点がいく。値段も手頃なうえ、さりげなく小技を効かした一品一品が実に魅力的なのだ。
シンプルに芋の味を生かした「ポテトサラダ」に「枝豆の蒸し焼き」「鰻ときゅうりのザクザク酢の物」といった前菜から炒めもの、煮込みもあれば、揚げ物も「目白の海老カツ」や「御殿場のハムカツ」「大山鶏腿肉の唐揚げ」等々食指の動くアイテムが目白押し。さらには「本日の焼き魚」や「赤牛イチボの炙り焼き」などの焼き物も充実。〆の食事に至っては「お刺身海鮮丼」から「赤牛の牛スジカレー」シンプルな「塩むすび」までバラエティも豊富。思わず、あれも食べたいこれも食べたいと悩むこと必至!
驚くべきはそれだけではない。なんと料理担当はほぼ与那覇さん一人! にもかかわらず、それほど時間を空けずに料理が提供される手際の良さには感服。オーダーに煽られる事なく嬉々として料理を作る与那覇さんがこう語る。「修業先の赤坂『夢葉家まるしげ』では、アラカルトがこの倍以上もあるうえ、席数も75席と大箱。そんな状況下で次々とランダムに入ってくるオーダーを2~3人でこなしていましたからね。かなり鍛えられました」
大変ではあったものの、働くうち「カウンター仕事の楽しさにすっかり魅せられてしまいました」という与那覇さん。もともとは海辺のペンションのオーナーになりたかったはずが、いつしか街場の酒場の主へと進路変更。丸12年「まるしげ」でみっちりと料理のノウハウとお酒の知識を叩きこみ、念願叶って、独立を果たしたというわけだ。
魚介の質の良さを実感。店主イチ押しの「刺身盛り合わせ」
「お客様の反応がダイレクトにに伝わってくるのが何より面白い」と目を輝かせる与那覇さん。それゆえ、食材選びにも、つい熱が入る。中でも、魚は気合いを入れて仕入れているそうで「用賀からは豊洲よりも近い「川崎北部市場」の信頼のおける仲卸に任せています」とのこと。お客の負担にならない範囲内で、出来る限り質の高い魚を提供している。それは、与那覇さんイチ推しの「刺身盛り合わせ」を食せば一目瞭然。内容は海の都合に合わせて日々少しずつ変わるそうだが、取材日は、サワラ、金目鯛、水だこ、生雲丹の4種で一人前1,380円。
サワラは皮目をサッと炙り、金目鯛は皮目に軽く塩をして霜降りにするなど何気ない一手間がお酒をさらにおいしくしてくれる。醤油ではなくフランス産ゲランドの塩で食べさせる趣向も、魚本来の味を舌に感じてほしいとの思いゆえだ。
ちなみに金目鯛は伊豆下田から。「金目鯛は、サイズが大切。少なくとも1kgはほしいですね。脂ののり方、身の張り具合いが、やっぱり違うんです」と与那覇さん。それゆえ、一尾を余すところなく使いきる。アラはだしに、そして頭は「本日のかぶと焼き」として登場。それが1皿1,480円の手頃さだ。
乱切りの蓮根の歯応えが痛快「レンコン素揚げのり塩パンチ」
伊豆の金目鯛や熊本の赤牛といった特別な食材があるとはいえ、メニューの大半は、豆腐に卵、きゅうりやトマト、とうもろこしなど旬の野菜を使ったどこにでもある普段使いの味。だが、豆腐は自家製の青唐辛子と茗荷の醬油漬けをのせて冷奴に、とうもろこしは素揚げにしてクミン塩で、とさりげない一捻りが実に痛快。乱切りにした蓮根の揚げ物にしても、ここではのり塩味で登場。その名も「レンコン素揚げのり塩パンチ」。ネーミングも粋だ。
酒を飲んだ体にじんわり染み入るおいしさ「奄美名物油ぞうめん富田流」
季節の食材を積極的に取り入れているため、メニュー内容は少しずつ変わっていくが、不動の一皿が、〆の「奄美名物油ぞうめん富田流」。修業先譲りの銘品だ。元々は奄美大島の郷土料理で、黒糖焼酎で知られる「富田酒造場」のご主人・富田さんから教わったもの。
作り方は至って簡単。オリーブ油で煮干しを炒め、そこに水を注いでアクアパッツァの如く沸騰させたら、酒、塩、奄美のだし醬油で味付け。茹でおいた素麺を投入し、一煮立ちしたら完成だ。
具は炒めた煮干しのみの素朴な料理ながら、油のコクと煮干しの旨み、そしてまろやかな塩味が三味一体。どこかほっとするおいしさは、飲んで食べた後には最良の一杯と言えるだろう。
さまざまな部位を入れてじっくり煮込んだ「あか牛の牛すじカレー」
また、赤牛の牛すじやアキレス腱をたっぷり使って作る「あか牛の牛すじカレー」も見逃せないおいしさ。チャツネと野菜の甘みを生かした欧風タイプ。リッチな味わいの自信作だ。
アルコールは全方位的にそろっているが、中でも日本酒が充実。与那覇さんのお気に入りは香川の「悦凱陣」1,280円(一合)で、「包容力があり、食材を包み込んでくれるような味わいがある。どんな料理にも寄り添ってくれますね」とのこと。一方、スタンダードで飲み飽きないのは、佐渡の「金鶴」880円(一合)。また、同じ佐渡の「至」980円(一合)もおすすめの一本で、爽やか、かつ軽快な味わいが特徴だ。今後は、国産ワインも、もっと取り入れていく予定だとか。こちらも楽しみだ。
好きに飲んで食べても万札一枚でお釣りがくる。まさに通いたくなる一軒だ。
※価格はすべて税込