「御田町 桃の木」「齋華」のDNAを持つ新風中国料理
こちらは生姜とネギとディルを丁寧に細かく切ることで食感の妙が味わえる「米茄子の油淋ソース」。師である小林武志さんから受け継いだ一つが、中国料理には珍しい、ソースにハーブを使うことでした。ディルが醸す意表をつく酸味と、表面をカリッと香ばしく揚げた茄子が出会い、この傑作を生みました。
米茄子の揚げ方も見事ですが、この料理がこれほど魅力的なのは油淋ソースにあり! 野菜を丁寧に切りそろえることで見た目と食感が格段に変わります。
続いて真っ赤な唐辛子が一面に敷き詰められた皿が目の前に置かれ、これはいったい何?と箸で探ってみると……。
唐辛子の中から現れたのは熊本県産とうもろこし「ゴールドラッシュ」のかき揚げ。「辣子鶏」という鶏の唐揚げの唐辛子炒めをアレンジしたこの料理、揚げたて熱々のとうもろこしをかじるとホロホロッと崩れ、甘みとほんのりとした辛みが口中に広がります。
スペシャリテは最高級黒毛和牛の脂の甘みとうまみが炸裂する麻婆豆腐
なんとここでステーキにするような上質な牛肉が登場しました。群馬県のブランド牛「上州かとう牛」は自然の中に放牧されて育ち、引き締まった身と程よい脂、しっかりしたうまみが特徴の黒毛和牛です。日によって使う部位は違いますが高級焼肉店で使用されるレベルの牛肉を細切りにします。
何に使うのか問うと麻婆豆腐だと言うではないですか。手切りした牛肉は豚ひき肉、豆板醤、豆豉など馴染みの食材と合わせて煮込みます。炒め油も同じ牛肉の脂から取っているのですが、これが臼井さんの味を作る重要なポイント。臼井さんはメインとなる食材の端材を使って調味料やだしを作り、味に統一感を生みます。「日本酒も、一緒に飲むものは仕込み水が一番おいしく感じますよね。同じ土地のものや、食べて育ったものを合わせて、“しっくり”させるのが僕の流儀です」と語ります。
仕上げにオリジナルスパイスを振りかけて完成。香辛料のいい香りで鼻腔をくすぐったかと思うと、肉の甘みとうまみで舌を喜ばせます。色を見る限り、さぞかし味が濃く辛みも強いかと思いきや、むしろその逆。味わい深くちょっぴりスパイシーなこの麻婆豆腐は無限ループに陥ります。
「麻婆豆腐に限りますが肉の脂はしっかりあった方がおいしくできます。焼肉だったら2切れでキツイなって思うくらいギトギトしていて、でも質は良いものがいいですね」と臼井さん。ふんわりした豆腐と時折入ってくる細切り和牛が作る食感のコントラストを絶妙なとろみ加減の餡がまとめあげて喉を通った後に残るのは和牛の風味とスパイスのいい香り。この新たな感性を纏わせた麻婆豆腐に心底惚れてしまいます。
ただおいしいものを作りたいだけ!
『桃の木』では小林さんの最高峰の技術を目の当たりにしました。特に中国料理ならではの高温の火力と中華鍋の扱いは圧倒的で『300℃ほどの高温の鍋に野菜を入れて油煙を外に吹き飛ばしながら炒めなさい』と言われたけれど、意味がまったくわかりませんでした。食べてもらうと『焦げてる』と返されるんです。もちろん見た目は焦げてないし、それなりにできていると思うのですが、小林さんが作ると全然違うんです」と。
「今、教えてくれる人がいない中で、たとえ誰においしいと言われても小林さんの絶対的な料理を知っているから、これが良いのか悪いのか改善の余地があるのかが判断できる。だから自分の中で腑に落ちないものは提供しません。例えば『エビチリ』はチリソースに海老の殻のだしを使って“味を調える”んです。麻婆豆腐の炒め油に牛脂を使うのと同じですが、そういう“調える”ことが『酢豚』にはまだ見いだせていないんです。何というか食材とソースがまったく別の世界のものという感覚で。だからまだお客様には出していません」と、とても自分に厳しい。
「『齋華』では料理に携わる者としての在り方を学びました。店主の齋藤博人さんは厨房に敬意を表し、毎日冷蔵庫までピカピカに磨くんです。だからクラシックな四川料理を、京都の上質な食材を使って表現する齋藤さんの料理は本当に美しい。親子2代にわたって京都在住の人から『中華は齋華さん』と言って毎月通っていただける、京都でそんな風に愛される店はなかなかないと思います」と話しますが、「極彩」「極彩 椿」と地元の人に愛されてきたのは師の教えを守っている表れ。そんな臼井さんだからこそ、提供する料理はどれも美しく「ただおいしいものを作りたいだけなんです」という言葉は心に響きます。今最も輝いている料理人の一人である臼井さんの料理をぜひご堪能あれ。