心と体に染みるだしの味わいと繊細な技に魅了される

旬の食材を味わうコースメニューの中から森脇さんが選んだおすすめ3品、ランチで巡り合えたら幸せな鯛茶漬けをご紹介。いずれもしみじみおいしいものばかりだ。

メニュー① 出す直前にひく一番だしが香る「お腕もの」

秋を感じさせてくれる吹き寄せしんじょうのお椀

森脇さんがイチ押しで挙げてくれたのは「お椀もの」だ。ハモやアイナメ、エンドウ豆を使った若草しんじょうなど季節で変わるが、この日用意してくれたのは吹き寄せしんじょうのお椀。

「吹き寄せ」とは、色とりどりの紅葉が風に吹かれて一カ所に集まった様子を指す言葉で、海老、シメジ、キクラゲ、ユリネ、菊の花、銀杏と6種もの食材を使ったしんじょうがお椀の中に鎮座、甘辛く炊いたニンジンや柚子の皮などが彩りを添える。

お椀に注がれる一番だし。カウンター割烹スタイルで店主の仕事を目の前で見られるのも楽しい
 

森脇さん

丁寧にとったおだしが印象的です。

森脇さんのコメント通り、「お椀ものの決め手は一番だしです」と佐藤さん。だしに使うのはうまみが強い羅臼昆布と本枯節。「香りは時間が経つととんでしまうので、お客様にお出しする直前にひいています」

ふわふわのしんじょうをやさしく包む一番だしは、澄み切った黄金色。昆布と鰹のエッセンスが凝縮された芳醇な香りと上品な味わいは、心までそっとほぐしてくれるようなやさしさにあふれている。

メニュー② 冬ならではの味わいを堪能する「かぶら蒸し」

合わせだしを利かせた葛あんをかけた「かぶら蒸し」。かぶがないときはレンコン蒸しになる

森脇さんおすすめの2品目は冬に食べたい「かぶら蒸し」。すりおろしたかぶと卵白を合わせた衣の中に忍ばせてあるのは、ひと塩した鯛とたれ焼きにした穴子、そして銀杏。

「聖護院かぶらの時期になると、かぶの甘みが出てより一層おいしさが増します」と佐藤さん。だしは雑味のない一番だしとしっかりした味わいの二番だしを半々でほどよいバランス、とろとろのあんもたまらない。

メニュー③ その細さに誰もが驚く〆の「そうめん」

器に使う木桶は、全国の旅館や料亭に品を納める京都の桶屋「たる源」のもの

「湖月」のコース料理の〆は、飯蒸し、いくらご飯、雑炊、そうめんから好きなものを選べるのだが、森脇さんの推しは「そうめん」。京都の職人手作りの木桶の中に浮かぶそうめんの細さといったら、誰もが驚かずにいられない。

使われているのは、奈良県桜井市で作られる「三輪そうめん」の一つ「白髪」。そうめんは細いものほど高級とされるが、「白髪」は10gあたりの線状が約300本、つまり麺線約0.3mmの超極細品で、腕の良い素麺師でなければつくれないといわれている。

スルスルッと食べられ、喉ごしも抜群。伸びてしまわないよう時間を置かずに食したい

「皆さん驚かれるので、こちらのそうめんを使っています。先代からのメニューですが、食べ進むうちにおつゆが薄まってしまうので、同じおつゆをもう一つ用意しています」と、佐藤さんならではの細やかな気遣いも。一番だしにほんのり柚子を利かせたつゆの上品な味わいが、超極細そうめんのおいしさを引き立て、箸を持つ手が止まらない。

 

森脇さん

細くシャキッとした食感のそうめんは、締めにピッタリです。

メニュー④ 森脇さんが気になるランチは「鯛茶漬け」

「鯛茶漬け定食」2,420円。中央の黄色い器が鯛のお刺身、奥の白い器がお茶漬け用の鯛
 

森脇さん

吉兆出身のご主人が作るランチの鯛茶漬けも気になります。

森脇さんがこう話してくれた「鯛茶漬け」は、巡り合えたら超ラッキーなメニューだ。もともと「湖月」はディナーのみの営業で、コロナ禍を機にランチをスタート。しかもそのランチ自体が不定期営業(店のインスタで告知あり)、さらには前の晩に鯛の仕入れがあるときのみの提供なのだ。

お茶は京都の老舗茶舗「柳桜園」のほうじ茶を使用。海苔は細かくちぎる人もいれば巻くように食べる人もいていろいろ
 

こちらのランチ、「鯛茶漬け」という名前ではあるが鯛のお刺身も味わえる、実に贅沢なメニューである。「まずお刺身でご飯を食べていただいて、ご飯が足りなかったら2杯目をお代わりして、お茶漬けにして召し上がっていただこうと考案しました」と佐藤さん。

ちなみに鯛のお刺身のツマは日本カボチャ。その細さは白髪そうめんを超えるほどで、佐藤さんの技にうなってしまう。

食すときは添えられた焼き海苔をちぎり、ぶぶあられをのせて、ほうじ茶を回しかけて味わう。こだわりは鯛茶漬けにするお刺身をごまだれにしていること。「白ごまを炒ってすり鉢で潰し、煮きりと醤油で味付けしています」と佐藤さんが話すように、ごまの香ばしさが鯛の甘みをぐっと引き立て、お茶漬けにすることで、するするさっぱりといただける。

しみじみおいしい“本物の日本料理”を良心価格で

プライベートな会食やお祝い事に重宝する完全個室もある

「湖月」のディナーコースは、5日前までの予約時にステーキか蒸し鮑を選べる「特別コース」26,620円、滋味あふれる9品を堪能できる「おまかせコース」18,150円、女性や小食の人にうれしい「やや少なめコース」14,520円の3コース。このクラスの日本料理店にしては驚きの良心価格である。

先代の思いが詰まった名店の暖簾を掲げ今日も店に明かりが灯る

「湖月」の魅力は、肩肘張らずにくつろげる和やかな空間で、一品一品、丁寧に作られた“本物の日本料理”を味わえることにある。その料理には、はっとするような派手さや驚きはないかもしれないが、温かなもてなしと相まって、食べた人の心に深く染みて「ああおいしかった。また食べに来よう」と思わせる力がある。

「主人の仕事を見ていると、食材の扱い方がとても丁寧で、所作も美しく静かで、私が少し慌てていても、変わらず淡々と仕事をこなしています」とは妻の麻衣さんの言葉。

仲睦まじい夫妻が作り出す穏やかな雰囲気は、和食初心者にも安心。ほっとする空間でほっとする日本料理を味わいたくなったら、ぜひ出かけてみてほしい。

※価格は税込、ディナーは税・サービス料込

撮影:齋藤ジン

文:池田実香(フリート)、食べログマガジン編集部