ページをめくり、お腹を満たす

ブックディレクター 山口博之さんが、さまざまなジャンルより選んだ、「食」に関する本を紹介する人気連載。気鋭のイラストレーター瓜生太郎さんのコミカルなイラストとともに、“おいしい読書”を楽しんで。

人間にとって最も身近な何かを作り出す行為

Vol.12『cook』(晶文社)著:坂口恭平

料理は、現代の人間にとって最も身近な何かを作り出す行為なのではないか。卵を割って目玉焼きをつくるというシンプルで些細なことだけでも、そこには繊細かつ大きな変化と結果が生まれている。作家をはじめ建築家、音楽家、画家として様々な活動をしている坂口恭平は、自身を悩ます躁鬱病への対策として、人間の最も根源的な欲望である食欲、つまり食べることから回復の糸口を見つけられないかと考えた。本書は、7月21日から8月20日まで、“死にたくない”人が、料理によってゆるやかにケアされていく記録だ。

 

寝たまま何もしたくないという鬱状態の時、体は動かないのに頭の中の思考はぐるぐると止まらなくなる。行き場のない思考を何かのかたちで外に出さないと破裂してしまいそうだった坂口は、できる範囲で何か行動をしようと「手首から先運動」を行う。例えばキーボードを打って言葉を書くことなのだが、鬱時はネガティブな言葉ばかりで誰かに読んでもらうようなものにはならず、自分も読み返すこともない。つまり閉じている。どうにもならないそんな状況でも湧き起こってきたのが食欲だった。いつもは奥さんが使っている慣れない台所に立ち、何もできない自分を嘆く気持ちは横に置き、坂口は米を研ぐということから始める。

 

元々料理をすること自体は好きだった坂口は、ネットでレシピやつくり方を参考にして料理しながら、やったことのない魚の三枚おろしのコツや野菜の水切りをする重要性を理解していく。それほど料理をやってこなかった人にとって、料理をするということは実にたくさんのできることが増える経験であり、精神が弱った状態の人間にはその向上性がケアとして効果を発揮していく。

 

料理は未来の自分だ

坂口は料理を、食事をつくるということからもっと大きな枠組みとして捉えようとしている。「すべての創造の源が料理なのではないか」「生きるとは料理である」「料理をつくる、ということは『自分をつくる』」ということである」など、坂口にとって料理は、食欲を満たすということよりもっと人間が生きる理由みたいなものなのだ。

 

料理はイメージであり、レシピがどうこうではなく、頭につくりたいもののイメージがあればつくることができるという。生きて毎日3食のご飯を食べてきたとして、あなたのイメージには、すでに何万食分かの食の履歴が蓄積され、投影されている。それは複雑に影響しあい、まだ見ぬ料理=自分を生み出していく。かつて美食家のブリア・サヴァランは、これまでどんなものを食べてきたかを教えてくれたら、あなたがどんな人間か当ててみせようと言ってみせた。食べてきたものでその人がわかるとき、それは過去の自分だ。一方で坂口は、まだ見ぬ料理は未来の自分だと言う。

 

食べることとつくること。どちらかだけでは成立しない。過去と現在が常に干渉し合いながら未来になっていく。食事が基本外食と言う人は、一度自分の手である時期だけでもいいからつくり続けてみるといいかもしれない。外食として自分が選ぶものの価値や味わい、食べる意味の輪郭が、改めてくっきりと浮かび上がって見えてくるはずだ。

 

『cook』
(晶文社)著:坂口恭平

 

イラスト:瓜生太郎