〈これが推し麺!〉

ラーメン、そば、うどん、焼きそば、パスタ、ビーフン、冷麺など、日本人は麺類が大好き! そんな麺類の中から、食通が「これぞ! 」というお気に入りの“推し麺”をご紹介。そのこだわりの材料や作り方、深い味わいの秘密に迫る。

今回訪れたのは、食べロググルメ著名人の塩沢航さんがおすすめする「うどんAGATA」。店主のアイデアあふれる独創的な一杯が待っていた。

教えてくれる人

塩沢 航

小山薫堂事務所「N35」の放送作家。1975年生まれ。師匠・小山薫堂の一番弟子にして、師匠譲りのグルメ作家としておなじみ。主な担当番組は「アナザースカイ」「オモウマい店」「有吉くんの正直さんぽ」など。「パレ・ド・Z」「リモートシェフ」など食にまつわるコンテンツも多数担当している。

住宅地にポツンとたたずむうどんの名店

古くから別荘地として名高い神奈川県大磯町。「うどんAGATA」は海と山に挟まれたのどかなこの地でのれんを掲げている。2013年にうどん専門店としてオープンし、2019年には「食べログ うどん 百名店」にも選出。地元客を中心に人気を集め、現在は遠方から足を延ばして訪れる客も多い。

古民家風の落ち着いた店内

会社員から転身し、趣味の手打ち麺を生業に

毎日仕込む自家製麺はその日の気温や湿度に合わせて調整を施す

店主の山縣浩和さんは長く、趣味として麺を作ってきた人物だ。学生の頃は学業に励みつつ、アルバイト先でそばを4年ほど学んだ。就職後はイタリアへ出張する機会が多く、本格的な手打ちパスタ作りにも没頭したそうだ。

そして東日本大震災をきっかけに、会社員としての自身の生き方を見つめ直したと山縣さんは言う。それまで趣味としていた「麺」で生きていこうと決心し、会社を辞めたのだ。「親父にはどこかで見守られている気がしていたので」、亡き父の大好物だったうどんの店を開くことにした。

開店に向けて、讃岐うどんを中心に自分がおいしいと思ううどんを探究した。そして2年ほどかけて試作を繰り返し、うどんの作り方を習得するに至った。師匠のいない山縣さんは時にこだわりの多いラーメン業界の人たちと情報交換をしながら食材の仕入れ先を自ら開拓していった。生産者の元まで足を運び、うどんに使うベストな食材だけを厳選したという。

「会社員として、組織の良いところも悪いところも見てきた」と振り返る山縣さんは、自分が心の底から納得できるうどんの作り方と食材を吟味し、手にしてきたのだ。

 

塩沢さん

ご主人の山縣さんは、元々、港区のど真ん中でイタリアの赤い車を売られていた方。その部下だった知人が「上司が大磯に凄いうどん屋さんを開いた」と言うので、半信半疑で訪れたら、想像を超えてきて腰を抜かしたというのが最初の出会い。それから年に4~5回のペースで伺っています。

小麦粉から取り寄せてブレンドする自家製麺

そんな「うどんAGATA」の麺はもちろん自家製麺である。製粉会社の提供するうどん粉を使えば手軽だが、山縣さんは小麦粉の選定から手掛けている。準強力粉の「春よ恋」または「きたほなみ」に、低アミロース小麦の「ニシホナミ」または「あやひかり」を選び、季節や気温、湿度に合わせてブレンドしてオリジナルのうどん粉にする。

うどんにコシを加える塩は沖縄の海塩「ぬちまーす」を使用するのもポイントだ。にがりもそのまま結晶化する「ぬちまーす」の塩なら風味も増すという。

 

塩沢さん

ベースは讃岐なのでしょうが、小麦の産地にこだわるなど、常に、工夫と進化の跡を感じます。

「うどんAGATA」の麺づくりは前日の夜から始まる。生地をまとめてから一晩寝かせ、ゆっくりと発酵させていき、独特の強いコシを作り出す。

麺をお湯に入れてからは8の字を描くように混ぜ、その後は自然と踊らせるようにしながら12~15分ほどゆでる
清澄なるつゆが美しいかけうどんとなる

店の名を冠した「AGATAうどん」は、1食につき3通りの食べ方でいただける。個性的で楽しみに満ちた食体験に誰もが心を奪われてしまうのだ。