【映画のあの味が食べたい】

『青いパパイヤの香り』の青いパパイヤのサラダ

最近では風が吹いたり雨が吹き付けたり、匂いが出たりする4DX映画館もできたりしていますが、そんな演出をしなくったって五感に訴えてくる映画もあります。

 

その代表がトラン・アン・ユン監督の『青いパパイヤの香り』です。

1951年のベトナムのサイゴン。10歳の少女ムイが名家に奉公に出されるところからこの映画は始まります。仕事をしないでフラフラしているボンボン風のご主人と生地屋を切り盛りしている奥様、そして3人の息子と部屋に籠もりっきりでお祈りばかりしている祖母。

 

アジアン風の家具や調度品に囲まれた趣味のいい素敵な家に住んでいるのですが、どこか幸福感が感じられない家族です。

(C) 1993 LES PRODUCTION LAZENNEC

そんな一家のため、住み込みで掃除や料理、洗濯といった雑事を一生懸命こなしていくムイの日常が描かれますが、ムイがふと目に止める、植物の茎や葉からにじみ出る白い樹液やアリなど自然の描写がみずみずしくリアルです。雨、汗といった湿度、亜熱帯の強めの光など五感に訴えかけてくる映像は、臨場感があります。中でも、目が釘付けになってしまうのが料理シーン。ベテランの家政婦に教えてもらう青菜と肉の炒め物とか、香りが漂ってきそうなほど。

(C) 1993 LES PRODUCTION LAZENNEC

朝食のため青いパパイヤのサラダを作るシーンは、特に印象的です。大きな青いパパイヤの皮を剥いて、硬めの白い果実を大きな包丁で叩いて細かく傷をつけそれを削ぐことで千切りにしていきます。その上に干し肉をのせて、ニョクマム(魚醤)や唐辛子を使ったドレッシングを添えます。見た目にもさわやかで食欲をそそります。

 

青いパパイヤは、当時のベトナムでは庶民的な食材なのでしょう。まだ半分くらいしか果肉を使っていない青いパパイヤをどうしたらいいか?と尋ねるムイに、ベテラン家政婦は捨ててしまっていい、と軽く言い放ちます。ムイは、面白半分にパパイヤを半分に割り、中に詰まっている白い種を興味深そうにながめます。このように日常に起こるなんでもない発見を楽しむことができる、これがムイの魅力ですね。

(C) 1993 LES PRODUCTION LAZENNEC

この青いパパイヤのサラダは、映画の後半でも再び登場します。成人して、新進音楽家の家に仕えているムイの新しい人生を予感させるシーンです。おかげで、この映画を観てからというもの、青いパパイヤのサラダを食べるとき、なぜかあの湿度の高いベトナムの空気感とともにこの幸福感に包まれるようになってしまいました。印象の作用って面白いものです。

(C) 1993 LES PRODUCTION LAZENNEC

『青いパパイヤの香り』は1993年の作品で、当時新人だったトラン・アン・ユン監督はカンヌ国際映画祭でカメラ・ドール(新人監督賞)を受賞し、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネート。日本でも大ヒットし、ちょっとしたベトナム・ブームが起こりました。

 

が、この監督、子供時代に、ベトナム戦争から逃れてパリに両親とともに移住。ずっとパリ育ちで、『青いパパイヤの香り』もサイゴンではなく、フランスでセットを建てて撮られたものです。

 

その「パリのベトナム人」であるトラン・アン・ユン監督の最新作が『エタニティ 永遠の花たちへ』です。

 

現代のベトナムが抱える問題にフォーカスした『シクロ』(95年)とか村上春樹のベストセラー小説を松山ケンイチ主演で映画化した『ノルウェイの森』(10年)とか、さまざまなタイプの作品を撮る監督ですが、『エタニティ 永遠の花たちへ』は、フランスのある一家を巡る女性たちのドラマです。

© Nord-Ouest

主演は、オドレイ・トトゥ。そして彼女を取り巻く女たちにメラニー・ロラン、ベレニス・ベジョといったフランスを代表する旬の女優たちが共演しています。

 

19世紀末、上流階級に生まれたヴァランティーヌ(オドレイ・トトゥ)は結婚し6人の子供を授かるが、生まれたばかりの赤ちゃんを病で亡くし、双子を戦争で失うなど次々と不幸が訪れる。そんな彼女の希望となったのは息子アンリと幼なじみマチルドとの結婚だった……。

© Nord-Ouest

南フランスの陽気な光と影、樹木が茂る広く美しい庭のある洗練された邸宅。自然の美しさと女性の人生を重ね合わせている辺りは、『青いパパイヤの香り』フランス版といってもいいかもしれません。

 

『青いパパイヤの香り』は、けなげな少女時代を描いた瑞々しい物語でしたが、『エタニティ』は、むしろ“幸せな結婚”後の女性の人生が描かれます。悲劇も起こりますが、それでも人生は豊かで美しい。この人生観は、トラン・アン・ユン監督がこの四半世紀を通して得た実感なのかもしれません。

© Nord-Ouest

ということで、『エタニティ』を観て、久々に青いパパイヤサラダを食べたくなりました。

写真:食べログマガジン編集部

 

広尾にある「Kitchen」は、リゾート風のインテリアの隠れ家的なベトナム料理店。女性シェフがつくる青いパパイヤのサラダは、シンプルですが美味。シャキシャキっとした歯ごたえが心地よく、心をサイゴンへと運んでくれます。きっとムイが想い続け、心を捉えた“あの人”もこの素朴な味に真心を感じたのかもしれません。

 

【作品紹介】

(C) 1993 LES PRODUCTION LAZENNEC

『青いパパイヤの香り HDニューマスター版』発売中 Blu-ray4,700円/DVD3,800円

発売元:カルチュア・パブリッシャーズ 販売元:ハピネット

 

1951年ベトナム、サイゴン。田舎から奉公にやってきた10歳の少女ムイ。家には働き者で優しい母と3人の甘やかされた息子たち、孫娘を亡くしてから引きこもっている祖母がいた。ムイは、年老いた先輩奉公人のそばで働きながら、料理と掃除を習い一家の雑事を懸命にこなしていく。ある晩、家長が一家の蓄えを持って消えてしまい、家族は苦境に陥る。そしてムイは、長男が連れてきた友人クェンに出会い、淡い恋心を抱くようになる。10年後、美しく成長したムイは、音楽家になったクェンの家に奉公に出る。恋人がいながら、クェンはムイの献身的な愛情と花に対する嗜好に気付きはじめ…。

 

© Nord-Ouest

『エタニティ 永遠の花たちへ』シネスイッチ銀座ほかにて公開中。全国順次公開。

 

ヴァランティーヌがジュールと結婚した理由は、19世紀末フランスの上流階級においては少し変わっていた。親が決めた婚約を自分で破棄したのだが、それでも諦めないジュールに初めて心を動かされたのだ。夫婦の愛は日に日に深まっていったが、病や戦争で子供たちを失ってしまう。そんなヴァランティーヌに再び喜びをくれたのは、無事に成長した息子のアンリと幼なじみのマチルドの結婚だった。マチルドの従姉妹のガブリエルと夫のシャルルとも頻繁に交流するようになり、大家族のような賑やかで幸せな日々が続く。だが、運命は忘れた頃に意外な形で動き始める。