接待を楽しめる「乃木坂 しん」(乃木坂)
接待の重要項目、チェックリスト
「乃木坂 しん」の魅力はすべてが整っていることだろう。場所、サービス、空間、雰囲気、料理、酒、予算、和食でここまでそろっているのは本当にまれ。
場所
場所は乃木坂。駅の1番出口から3分ほど。階段を上がれば道はひとつなので間違えようがない。知らない場所だと駅を出てどちらに向かえばいいのか、どちらにせよ私は、地図を見てもかなり悩むのである。
その点こちらは、六本木、赤坂、青山からもほど近く、乃木會館から赤坂に向かう赤坂通り沿いだからタクシーに乗っても説明がしやすい。そのうえ電車、車、徒歩、どの交通手段でも困らない。以上のことから場所、Clear!
サービス
店に入ると、いや、入る前あたりから迎えの準備をしていてくれる。初めて伺ったときは突然のものすごい大雨で店の前でタクシーを降りてもずぶ濡れになってしまうほどだった。扉の前で傘を閉じていると引き戸が開き「いらっしゃいませ。大変な雨でしたね。傘をお預かりします。」と出てきてくれた。
「すいませ~ん、ごめんくださ~い、こんばんは~。」と声を出し続けても出てきてくれない場合、ワシワシ入っていくしかない。お忙しいのはわかるけど予約の時間になったらちょっと気にしてくれてもいいよねって思ってしまう。でもこちらはその後も何度か訪れたが引き戸を開けると必ず待っていてくれるのだ。これ、割と珍しかったりする。もちろん食事が始まってからのサービスも完璧。話し掛けるタイミング、料理やお酒の説明、立ち居振る舞い、言葉遣い、何もかも気持ちが良い。
個室にいてもお酒がなくなりそうだなぁと思っていると「失礼します。」とメニュー片手に現れる。
どうしてそんなにタイミングがいいの!? ということでサービス、Clear!
空間
店の造りも秀逸。玄関を入るとすぐ左手に個室がある。新しい畳の香りに癒やされる。掘りごたつなので正座の必要もない。誰にも会わずに済むので秘密の会合、接待、お忍びにも最適。
個室を横目に進むと左手に4人掛けのテーブル席が2つ。真ん中に御簾(みす)が掛かっているだけなので8人ならば個室へと変わる。右手には6席のカウンター。なんなら6人貸切もできてしまう。それぞれの空間が独立しているので、お化粧室に行くときに他の客に会わずに済む。大人数のパーティー以外、どんなシチュエーションでも対応できる。ま、そもそもそんな大勢でのパーティーにこの店を選ぶことはありえないが、空間、Clear!
雰囲気
こちらは本当に居心地が良いのである。やわらかな色調のせいかかしこまった感はゼロ。初めてであっても肩肘張ることも緊張感を持つこともなく、かといってアットホームでもない。その距離感が非常に楽なのである。終始和やかに食事ができるので、雰囲気、Clear!
料理
店主・石田伸二氏は出身である徳島の食材をふんだんに使い、特に鳴門の渦にもまれ最高級とされるマダイには思い入れも深い。わらの香りと塩わさびでいただく「鯛のたたき」や「鯛の土鍋ご飯」も圧巻の美味しさであるが、私の琴線に触れたのは「吸い物」である。
本日は「活きずわい蟹のしんじょうの吸物」。
え、活きなの?
普通ならお造りで提供するものだろう。活きズワイガニの身をほぐし、蒸してしんじょうにしたというのだ。なんというぜいたく。
まずはひと口、あぁ、美味しい。相変わらずの香り高き優しさに溢れた吸い地。カツオとコンブのうま味が染み渡る。余計なものが一切ないすっきりとした味わいに、人によっては物足りなさを感じるかもしれないが、それはしんじょうの味を計算してのこと。なんたって活きズワイガニですから。ではそのしんじょうをひと口。
うわわわわ、ふわんふわんとしたしんじょうの中から現れたカニの甘いこと! 身をすべて使っているので、ほぼカニでできているといっても過言ではない。本気で喉を通したくないと思ったほどだ。箸で崩したしんじょうから出るコクと風味がじんわり吸い地に広がって、最初のひと口とは変わったその味にまた目を見張る。でもズワイガニは季節もの。時期が来ればなくなってしまうそうだ。
思い起こしてみれば、初めていただいたときはエビだった。エビの甘みと頭で取った油がだしに溶け込み天にも昇る心地だったのを今でも覚えている。その場にいた全員が食べ終わるまでひと言も話さず、ふたを閉じてからそれぞれが「美味しかった。」と感動のため息とともに呟いた。
食材の良さは重要だが、その目利きも実力のうち。さらに食材の良さを十二分に生かすことができるかどうかであろう。石田氏は入れる素材を意識して、吸い地の味を最後に整えている。
例えばしんじょうとタイのお椀では、だしが同じなのに吸い地の印象が全く違う。その違いはしょうゆと塩で付けるそう。しょうゆは良くも悪くもすべてを“持っていってしまう”。上手になんでもまとめてしまう万能調味料。特に日本人にとっては慣れ親しんでいる味なのでしょうゆが入っていれば安心する。
だからこそ“しょうゆ味”にならないように気をつけているそうだ。味の決めはギリギリまで塩で付け、これでいいなと思ったときに最後の香り付けとバランスを整えるためにしょうゆを少し落とす。このあんばいが石田氏は本当に天才的なのだ。はい、料理、Clear!
酒
石田氏を支え、共に店を立ち上げたのが端正な顔立ちとその類いまれなる話術にファン多数の飛田泰秀氏。ワイン選びのセンスは私が知る中でもトップクラス。石田氏の作る味を愛し、理解し、より高みへと昇華させている。
よく一緒に飲んで語り合ったという飛田氏はよきアドバイザーとして、時には料理にアイデアを出し、取り入れられることもあるそうだ。故に薦められたワインや日本酒はどれもこれ以上ないというマリアージュ。ワインリストも素晴らしい……、といってもこの店では飛田氏にお任せしているので私には必要ないものだが。お互いが最高のパートナーなのである。酒、Clear!
予算
気になるのが予算だろう。和食は本当に両極端。こちらも決してお安いわけではないが、大切な接待も可能な設えとサービス、きちんとした日本料理と酒、乃木坂という街、といった点を考えればとても適正だといえる。
ランチは7,000円と13,000円、ディナーは13,000円と18,000円のコース。私は13,000円のコースにシャンパーニュとワインや日本酒をお料理とペアリングで出してもらって25,000円前後。毎月と言いたいところだが季節ごとなら無理せず伺える。これで予算、Clear!
飛田氏は、少し真剣な顔になって「和食は変わらなければいけない時が訪れたような気がする。」と吐露した。和食に限らずだが、見た目では誰が作ったものか見分けが付かなくなって、料理はある程度行き着くところまで来てしまった感がある。
そうなると次はなぜその素材を使うのか、なぜそこに置いたのか、なぜこの器にしたのか、なぜこの空間なのか、と料理長や店の哲学が必要になってくる。使う調味料、素材ひとつひとつ、店に飾る花、末端に至るどんなことにでも、その店の真価が問われている。それがきちんと表現されている店はこの先も淘汰されることはないだろう。
海外の食材を和食に融合させた料理が流行ってきているが、「乃木坂 しん」では伝統ある日本料理のあるべき姿から離れずに今の味を作っていこうと、ふたりで話しているそうだ。それはパリで活躍した経歴があるからなのかもしれない。
外国人から見た日本料理、海外にいることでわかる日本料理、日本にいる自分たちが伝えるべき日本料理とは何か。ふたりが出した答えが器の中で輝いている。
ソースがない唯一の料理であり食材だけで四季を感じることができる正統派の日本料理が私は好きだ。この店には本物である証が確かに感じられる。
どうやら飛田氏には考えていることがあるらしいので、今年も何かその引き出しから披露されるかもしれない。ますます目が離せない「乃木坂 しん」である。
お品書き
季節のおすすめコース/13,000円(税サ抜)
▼メニュー例(2月分)
・河豚白子茶碗蒸し
・飯蛸と菜の花 からし味噌、酢ゼリー
・筍真丈のお椀
・お造り2種 (メジマグロ、アオリイカ)
・鯛のたたき
・鰆の味噌柚庵焼と八寸いろいろ
・鮟鱇と舞茸、蕾菜のみぞれ和え
・うすい豆の炊き込みご飯
・苺大福と和三盆のアイスクリーム
※月ごとにメニュー内容は変更致します。