【噂の新店】「すき焼き あさい」

昭和のご馳走感満載の“すき焼き”。それは、マーブル状にサシの入った霜降り肉を極上とし、溶き卵の絡んだとろけるような食感を楽しむ、というものだった。確かに、割下のやや甘めな醤油味が染みた牛肉に溶き卵の組み合せは最強だ。が、おいしい反面、量をあまり食べられないのも事実。2枚も食べれば充分という方々もきっと多かったことだろう。


2024年3月1日、虎ノ門にオープンした「すき焼き あさい」 写真:お店から

そんなすき焼きのイメージを一新するニューフェイスが誕生した。2024年3月1日、虎ノ門にオープンした「すき焼き あさい」がそれ。というのも、扱う牛肉は滋賀の精肉店「サカエヤ」の近江牛。多くの名だたる料理人たち垂涎の肉のプロフェッショナル新保吉伸氏が目利きし、“手当て”した近江牛のロース肉だ。

そう、ここでは、これまでの霜降り肉とは価値観を異にする肉を選んでいるのだ! 新保氏は、いわゆるA5やBMSといった格付けにこだわりは全くない。自らの目で納得、信頼できる生産者の牛肉だけを仕入れ、その肉と用途に合わせた“手当て”を施している。

取材時の牛肉は、滋賀・後藤牧場の近江牛

「今日の肉は、滋賀の後藤牧場の近江牛です」。そう言いつつ、女将の篠﨑由美さんが見せてくれたのは、すき焼き用にしてはやや肉厚なロース肉。心持ち小豆がかった赤褐色の肉が、美味の予感を抱かせる。

1人前で3枚。うち、1枚は新保さんの手切りで、何と厚さ4mm。これは、手切りにできるギリギリの薄さだそうで、ストレスなくスライスする名人ならではの技もさすが。スライスした肉は、酸化を防ぎ鮮度を保持できるよう特殊な包装でお店まで直送してもらっているとのこと。通常は3mm程度が定石というから、そのダイナミックさがわかろうというものだ。

1人すき焼きも叶う全席カウンタースタイル

また、ユニークなのはそのスタイル。何と全席カウンター。すき焼きといえばお座敷という固定観念を覆す新たな試みが新鮮! これなら1人焼肉ならぬ1人すき焼きもOKだ。

料理は20,900円のコースのみ。柔らかな水蛸にトマトの酸味が爽やかな「北海ダコのトマトジュレがけ」や、牛骨と牛すじを時間差で丹念にとって合わせたスープで作る「和牛だしの茶碗蒸し」、プルンとした食感が舌に楽しい「焼胡麻豆腐」と、旬を感じさせつつも、主役であるすき焼きの前哨戦としての立ち位置を踏まえた構成になっているのも好ましい。

「北海ダコのトマトジュレがけ」

豊富にそろうワインや日本酒と共に前菜3種を味わったら、いよいよ真打の登場である。関東では割下で肉やザクを煮る牛鍋が一般的だが、関西は鉄鍋に牛脂を溶かし、肉を焼き付けてから醤油なり、砂糖なりを入れて味付けするやり方が常套だ。が、最近は、この折衷型とも言えるスタイルも多く見受けられ、ここ「すき焼き あさい」も同様。料理長の廣瀬和也さんによれば「それぞれの良いところを取り入れたオリジナル」だそうで、割下で煮るのではなく、肉を焼き付けてから割下で味付け、昆布と鰹だしで調整している。

女将の篠﨑由美さん

カウンターの目の前で、手際よく肉を仕上げてくれるのは、女将をはじめベテランの仲居さんたち。鉄鍋に牛脂を溶かし、肉→ザク→肉→ザク→肉→白滝の順で焼き上げていく。肉と野菜を別々に焼くスタイルは、どこか魯山人風すき焼きを思わせる。牛脂は、もちろん近江牛のケンネ脂。牛の腎臓回りについた脂で、熱に溶けやすくクセのないケンネ脂は、すき焼き用の牛脂としては最上とされているそうだ。

調理の様子を目の前で楽しめるのも、カウンターすき焼きならでは

まず、最初に焼くのは4mm厚の肉。ちなみに、4mm厚は、3枚あるうちの1枚のみ。あとの2枚は3mm厚で、それも試行錯誤の末。「全部4mmにすると、さすがに量が多くて食べきれないお客様も多くて」と篠﨑さん。とはいえ、3mmのみだと4mmのインパクトに負けてしまう……というわけで、この形に落ち着いたとか。それでも、1人前で170gはあるというから、食べ応えはバッチリだ。

牛脂の溶ける匂いに、和牛ならではの甘やかな香りが追い討ちをかけ、いやが上にも食欲を刺激する。続いて割下が注がれるやジュワッという快音と共に立ち上る香気。鉄鍋の中でふつふつと肉に火が入っていく様子を目の前で体感できる臨場感もご馳走だろう。レア、ミディアム、ウェルダンと焼き加減はお好みで。それぞれのおいしさがある。

カウンターの目の前で泡立てられていく様は、思わず動画に収めたくなる

すき焼きに卵はつきものだが、同店のそれがまた一風変わっている。カウンターに置かれたのは、カウンターの向こうで女将が泡立てたメレンゲ状の卵。それも白身だけ。黄身はそのままメレンゲの下に隠れているのだから、お見事というしかない。聞けば、女将が以前勤めていたミシュランの星つきすき焼き店、赤坂「よしはし」(現在は閉店)のスタイルなのだとか。

「『よしはし』の先代の女将が考案されたと聞いています。メレンゲにすることで口当たりが軽くなるほか、生卵を食べ慣れていない外国の方々や白身のドロッとした食感が苦手という方にも、これなら抵抗なく食べていただけますでしょう?」と篠﨑さん。

約1分ほどで完成するメレンゲ状の卵

口にすれば、泡を纏った肉は心なしかエアリー。だが、いわゆるとろけるおいしさではなく、4mmの厚さのそれは、しっかりと噛み締める味わいの深さが醍醐味。実に肉肉しいすき焼きなのだ。

ふわふわに泡立てられたメレンゲ状の卵白は、肉をのせてしばらく経っても沈まない弾力性を持つ 写真:お店から
肉質、メレンゲ状の卵のビジュアルも含めて、これぞ令和のすき焼き 写真:お店から

サシが入っているにもかかわらず、不思議と少しもしつこくない。脂よりも肉そのものの旨みがダイレクトに伝わってくる。赤身肉の旨さが見直されて久しい“令和のすき焼き”だ。

牛肉×土佐黄身酢の組み合わせは、夏の食欲不振も飛んでいきそうな味わい

メレンゲと共に提供されるのは、さっぱり食べたい方向けの土佐黄身酢。お腹に余裕があれば、1枚目はメレンゲ卵で、2枚目はメレンゲの下に隠れた黄身も合わせて、3枚目は土佐黄身酢を絡めてご飯とともに、と味変を楽しんでみるのも一興だろう。

白米×牛肉の最強コンビに胃袋も歓喜すること請け合い

卵は、三重県多気町「コケコッコー共和国」の自然交配の有精卵。米は、北海道月形町「つきがたFARM」のゆめぴりか。「バランスの良い粘りがあり、甘みと旨みがある米です」と廣瀬和也料理長。これを、羽釜で炊き上げるなど脇役への配慮にも抜かりはない。

季節ごとの味わいを楽しめるザク

ザクも同様。豆腐は京都「久在屋」の焼き豆腐。葱は、巻きがしっかりして加熱をすればとろける軟らかさの千住葱、芋は北海道帯広「とかち井上農場」の2年熟成の甘いじゃがいも等々、一つひとつを厳選。牛肉と相性のいいクレソンもいい味を出している。

牛肉と好相性のクレソン、まるでさつまいものような甘さの2年熟成じゃがいもなど、ザクにもオリジナリティを感じさせる

また、春は筍、夏はグリーンアスパラガスやズッキーニと旬の野菜を取り入れ、季節感を演出。舌を飽きさせない。

鉄鍋調理の〆に登場する白滝

肉、ザク、肉、ザクといったところで、オーラスは白滝。この白滝がまた個性的。1910年創業の奈良県「松音商会」製の白滝は、契約農家直送のこんにゃく芋を昔ながらのバタ練り製法で仕上げたもの。空気を抱き込ませつつつ練り上げるため内部に不均一な気泡を作り出し、味の染み込み具合は格別。肉とザクの旨みが滲み出た鍋で、しっかりと炒め焼くことで、きんぴらのような独特の味わいを醸し出している。

数種類をブレンドしたオリジナルの七味をかければ、さらにご飯の進む味に

ドリンク類も充実。シャンパーニュをはじめ、ワインはブルゴーニュを中心に、白・赤共に常時30アイテムほどのボトルがそろう。ノンアル派には、国産の無農薬茶葉を厳選した「The Tea Company」のボトルティーも用意。グラスワイン1,800円~、ティーペアリング3種4,000円。

テイクアウトのすき焼き弁当

また、事前にお店に伝えれば、すき焼き弁当のテイクアウトもOK。すき焼き用のロース肉が2枚と豆腐などのザクが入って1折5,000円。ボリュームもあり、脂がしつこくない分、冷めてもおいしくいただける。テイクアウトのみのオーダーもできる。

※価格はすべて税込、サービス料別(弁当は除く)

撮影:外山温子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部