日本酒のオートクチュール酒場

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「鎮守の森」は通い続けていたお店ではないのです。実は超新参者です。友人から「『会員制』で、ものすごい日本酒に出逢える店がある。」との話に、「はい、はい、はい、行きます。」と参加宣言して連れてきてもらいました。

 

そして“ひとめぼれ”しました。

 

もちろんいままでにも、素晴らしい日本酒がそろうお店には行きましたし、いわゆるペアリングとか、希少価値の日本酒とか、それなりに経験値はあると思います。が、このなんというか、「竹口マジック」に完全にやられました。だって「辛子を消し去る日本酒です。」なんて言いながらお酒を出されたことあります?

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ここは日本酒好きで知らない人はいないと思われる、「酒徒庵」があった場所です。突然のごとく閉店、それから数カ月経った頃、そぉっと開かれたのが「鎮守の森」。会員制にしたのはその人の飲み方や好みを知るため。

 

そうなんです。店主の竹口敏樹さんはお酒を飲んだ瞬間のちょっとしたしぐさや表情から、好みの方向性を分析し、その人が美味しいと感じるお酒を選んでしまうのです。

 

うそだと思う人、ぜひいますぐ行ってみてください。すぐに納得するはずです。まさに「竹口マジック」なのです! マジックなので一応タネはあります。決してまねはできないけど……!

 

そのマジック(分析方法)とは、1)飲んだときの表情と飲む顎の角度を観察する 2)料理を3〜4品出して飲み方や食べる速度を観察する 3)お客様とたくさん話をする 4)季節、天気、湿度を考えお客様の状態を予測する 5)これらの状況を踏まえて「味覚過敏」、「普通」、「味盲」の3つに分類する 6)グラスや注ぎ方を変えて味覚に合わせる、以上です。

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聞けばそうなのかと至極納得する答えだけれど、これを同時進行でお客様全員に対して考えるなんてできると思いますか? それが竹口さんはできてしまうから不思議。

 

「だから会員制にしているんですよ。会員さんの好みは把握しているので、初めてのお客様だけに意識を集中できますから。」と言う。

 

それにしたってすごい人数では?

 

「一度に20人くらいは大丈夫です。」だって!

 

ものすごい記憶力だ。いままで飲んだお酒も全部覚えているのかという質問は……、

 

愚問でした。

 

覚えているそうです。ついでに言うとラベルと味がリンクしているので、造り方や年度が違っても味の方向性はわかるとのこと。いったいどうやって覚えるのだろうか。それは努力の賜物でした。

 

9年ほど前からプライベートで飲みに行っては分析する癖を付けたそう。一緒に飲んでいる友達にもどう感じているかを聞き、自分の感覚と何が違うかも確かめる。その積み重ねが今の竹口さんを作ったのである。ただ飲んで食べて「美味しい、楽しい。」と言っている私とはえらい違いだ。

 

日本酒って悪酔いするから嫌い、という声をよく聞きますがうそです。

 

1)おちょこが小さいからクイっと飲んでしまう(つまり飲むピッチが速い) 2)ワインと比べるとアルコール度数は2%ほど高いので酔うと思い込んでいる 3)水を飲まない 4)最後に焼酎やビールを飲んでしまう。これらに当てはまる飲み方をしていませんか?

 

飲み方を知らないと誰でも悪酔いします。学生の飲み会ではないのでゆっくり味わってください。ワインと同じようにそれぞれの性格がありますから。

 

こちらでは食中酒として日本酒を楽しむのが醍醐味です。6段階に温度を変えた冷蔵庫と倉庫の中にはマニアが歓喜の舞を踊り狂いそうな銘柄がずらり。客のリクエストに応えて仕入れ始めた焼酎も、今や186本。

 

この1カ月で30本も増えていますけど? 「いやぁ、棚卸ししたらいろいろ出てきました。」と笑う竹口さん。いずれにせよ日本酒は2,000本超えていますけどね。

 

料理はフレンチでも洗練された和食でもなく、かなりざっくばらんな居酒屋メニュー。でも、味付け、焼き方、食感がやはりプロフェッショナル。そしてまた日本酒と一緒にいただくと信じられないほどの美味しさなんですよ。これも「竹口マジック」ということなのでしょうね。

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ではいきます。「この店のこの逸品」は「牡蠣鍋」です。

 

「酒徒庵」のころから牡蠣をメインにしていたので、当然「牡蠣鍋」は冬のスペシャルメニューとして存在しています。見てください! この溢れんばかりの牡蠣! そしてたっぷりの野菜や豆腐にオリジナルの赤みそブレンドを土手盛りにした鍋。どれだけサービスしてくれているのか!

 

一番は牡蠣のだしとみそが合わさったスープ! この赤みそ、濃いかなと思いきや意外に甘みも感じる。牡蠣のだしのせい?と思って確かめると白みそを多めに入れているそう。

 

塩味が強い赤みそだけだと東北のお酒が合わない。日本酒をゆっくり長く飲んでもらえるようにとの竹口さんのアイディアなのです。身がぽってりと大きく濃厚な甘みをもつ広島の地御前牡蠣をこのみそに絡めて口に入れれば……、もう最強です!

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そこに合わせる日本酒は柔らかな、米のまるみがあるものが良いのだそう。例えばフルーティーなものはみそに負けてしまうし、牡蠣の美味しい香りが臭みに変わってしまうそうです。

 

反対にスッキリしているものだと酒のうまさが活きてこない。

 

でも、そもそも鍋っていろんな食材の味が混ざっているので、日本酒を合わせるのは難しいのでは?

「そうですね。ひとつの食材に合わせるのではなく、すべてが合わさった味に寄り添う酒を選びます。」とこともなげに言う。そうして竹口さんが選んだ日本酒は、鍋の中に入っている物、何を食べても合うと感じられるそうです。

 

ということでお薦めいただいたのが、この2本。

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まずは冷酒から。山形の米「出羽燦々」を使った「羽陽男山 無濾過本生 純米原酒」を14度の温度で1年間、この店で熟成させたもの。こちらはブルゴーニュグラスでいただきます。このお酒はもともとお米のうま味を持っているが、寝かせることで深みが増し、さらにまろやかになるそう。

 

竹口さんいわく“味を出させる”。

 

この鍋のスープには最高のパートナーですって。これ、かなり好きだわ。

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次に山口「カネナカ 生酛純米 無濾過生原酒」は50度くらいのかんにしました。お米のうま味がしっかりあるので赤みそにも負けないお酒。かんにすることで、初めにまろやかさを、最後にスパッとキレの良さを味わえます。

 

お酒だけを飲むならキレ味がなく残り香を楽しみたいところだが、牡蠣鍋ということでここは余韻を断ち切ってしまった方が、この後、口に入る料理の味を邪魔しないそう。なるほどね、口に入る順番も想定しているのか。

 

すごいな。でも私は「羽陽男山」の方が好きかな、なんて言ったら竹口さんがまた違う口径の狭いグラスを持ってきた。一口飲んでみる。

 

あれ? 好きかも、これ。

 

どうして?

 

後味が先ほどと全然違うのです。

 

そのタネ明かしをすると、グラスの口径が狭くなると、口をすぼめて飲むことになりますよね。そうするとお酒が細く喉を通るので酸味の感じ方が違ってくるそうなのです。

 

酸味がなくお酒のまろやかさと甘みがふわんと残る。ヘぇ、もうびっくりです。ほらやっぱり「竹口マジック」ですよ。

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以前「酒徒庵」を畳んだのはお客様が銘柄志向になってしまい、それと同時に日本酒がわかるとはどういうことなのか竹口さん自身に迷いが出てきたからだったそうです。

 

どんどん有名なお酒ばかりを頼んでくるお客様を見て、本当にこの1本の魅力を十分に引き出しているのか不安になったのだと。本来この料理にはこういうお酒を合わせてほしいと思っているのに、オーダーされるのは認知度の高いものばかり。

 

きっと口のなかで不協和音を奏でているだろうとか、あのお酒ならこの料理の方が合うのにと思うことに葛藤を感じてしまい、このままだと日本酒の美味しさを広めるどころか、良くない方向に導いてしまうのではないかとの結論に至り、閉店を決めたそうです。

 

確かに聞いたことのある銘柄だと安心感があるし、飲めばやはり美味しい。だからつい“ブランド志向”になってしまうのも理解はできます。けれど、知れば知るほど日本酒の世界は広く奥深く、ブランド銘柄でなくても美味しいものがたくさんあるのです。

 

そして今、日本には蔵元がおよそ1,500蔵ほどあるけれど、かなり減少しているのが実態です。日本酒ブームなのになぜ?と思ったのですが、つまり有名なお酒だけが急増しているだけで全体的な底上げには全くなっていないのだそう。

 

よって、どんなに素晴らしい酒蔵でも廃業に追いやられてしまう。だから「鎮守の森」では、竹口さんが料理と天候と湿度、そしてお客様の好みに合わせたお酒を選んで提供する方法にし、まだ知られていない酒の普及活動に尽力することにしたそうです。

 

しかし、その「鎮守の森」が2017年1月からまた生まれ変わりました。

 

8,000円のコース1本だったのをやめて、代わりに「お通しコース(旬の食材を使ったお料理4品+料理とお客様に合わせた日本酒4種)」4,000円が予約の条件となり、あとはアラカルトで好きなだけ食べたり飲んだりできるようになったのです。

 

この牡蠣鍋(2人前3,000円)は前日までの予約。もちろん竹口さんが一人一人の味覚に合ったお酒を用意してくれます。これって日本酒のオートクチュールじゃないですか!

 

そしてもうひとつ、月曜と火曜に限りなんと新規の予約も受け付けてくれることになりました。そこで会員になってしまえば、いつでもどんなときでも予約できます。古酒の会などベリースペシャルなイベントにも参加できてしまうというわけ。

 

この店に来たくても来られなかった人、日本酒で悪酔いしていた人、きっと今までにない日本酒の世界への扉が開かれることをお約束いたします。

 

そして、この店を大切に守ってほしい。日本酒の素晴らしさをもっともっとたくさんの人に知ってもらうことができる数少ない店の“ひとつ”ですから。

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本日のお品書き

牡蠣の土手鍋(2人前)/3,000円 

羽陽男山 無濾過本生 純米原酒/500円(一杯・税サ抜)

カネナカ 生酛純米 無濾過生原酒/500(一杯・税サ抜)

牡蠣鍋は1月末にて終了しております。現在はスペシャリテとして、「牡蠣の入ったおでん」(1,650円税サ抜)と「生牡蠣」をご提供しております。なお、「牡蠣の入ったおでん」は3月末までの予定。