シウマイ弁当

「シウマイ弁当をどう食べるか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言い当ててみせよう」

ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン」( 2015年9月21日 (月) 07:29  UTCの版)『ウィキペディア日本語版』

(超訳/鳥越達也)

 

出張先にどんな美味があろうとシウマイ弁当は食う。なんなら切符とセットで見てほしいくらい、いつも片手に崎陽軒の袋をぶら下げている私ですが、この弁当を食べるときは、いまでも多幸感に包まれます。

 

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開けた瞬間、ごま、千差万別の表情に頬が緩む。それはさながら個々人の人生が構成要素は似ているのに、ひとつとして同じものはないかのごとく。シウマイ弁当¥830

私の食し方~シウマイ弁当編~

ご飯を手前に置く

まずは、シウマイ弁当ファンの間でもよく議論の争点となりやすい「置き方」から。

 

「優雅である」「お大尽」といわれるのが横型で、ご飯が右か左かなどでも数十分ウンチクを語れる世界ですが、 私の場合は、すべての動作の起点となるご飯を手前に配置。

 

箸の動きも上下の往復のみとシンプルになる「速攻縦型」といわれるスタイルです。重心が手前に来るため、片手でも持ちやすくフォームも自然と前傾姿勢に。

左に昆布、右に紅生姜をご飯の上に散らす

そして陣形は「ふりかけ」です。将棋の「振り飛車」みたいにかっこよく言えればいいのですが、もうふりかけとしか言いようがない。左上部の紅しょうがと昆布のつくだ煮をご飯全体に散らします。

 

これもすべての起点であるご飯の底上げが目的で、ドラクエでもボス戦の最初の一手がスクルトだったことを思い出させます。

 

え? 白米でシウマイをかっ込むのが好き? ご心配なく。紅しょうがも昆布も白米すべてを覆うほど多くはありません。

 

ちなみに、このふたつを混ぜるときもありますが、味のグラデーションを楽しむため半々に配置するのが好みです。

 

左から右に流れる食べ方なので、左に昆布、右に紅しょうがを散らすと最後までサッパリ食べられます。 あとはシウマイにからしをグリンピースのように一滴ずつのせ、しょうゆをかまぼこと卵焼きの間に一筋垂らして準備完了です。

シウマイは左端から食べるという儀式的習慣

最初のひと口は左端のシウマイから。これはもう試合開始前の「礼」のようなもので、理由も何もありません。文字通りシウマイ弁当への「礼」です。

 

同時にタケノコは序盤から動かしていきます。単体でも良いのですが、シウマイとの相性がとても良いのです。一緒に食べていると「タケノコ入りシウマイ」なので、早くから組み込んでいきたいところです。

そして“無心”になる

そして、ここからが大切だと思っていますが、私の場合は順番やご飯の量など、何も考えずに食べ進めます。シウマイ弁当の歴史に身を委ねるといいますか、弁当を信じて無心で食べます。

 

するとなぜか毎回、ご飯とおかずをピッタリ同時に食べ終えてしまうのです。「おおー、まじか! すごい! さすが! やっぱり長年、多くの旅人を見送ってきた弁当は違う!」とシウマイ弁当の構成力やバランスの素晴らしさを心の中でたたえて終了です。

味、構成、量……、そのバランスの素晴らしいこと。感無量です

シウマイ弁当の誕生から100年余り、これまでに何万もの人々が食べてきた弁当には、いろんな食べ方があり、楽しく食べた人もいれば、悲しみを癒やしながら食べた人もいて……。

 

そんな数億回に及ぶ食の営みの中に自分が立たせてもらっているのだということを、シウマイ弁当は教えてくれるのです(いや、冗談で言ってるように聞こえますが、わりと本当に食に対して敬虔な気持ちになるんです)。

 

追伸:まあ、何が言いたかったかというと、必ず白米が微妙に余る吉○家の牛丼や他の弁当ならいざ知らず、この手の議論では最も完成度が高いはずのシウマイ弁当は、むしろ余計な思考はいらない気がするんですよね、ということ。

 

Photo/Haruki Kodama @STIJL

 

 

【ライター後記】

そういえば東京駅に崎陽軒のシウマイBARができてて、そこにも行かねばと思っていました。 まあ東京各所にも崎陽軒の売店はあって、かつては昼のシウマイ弁当に、夕暮れのおつまみ用シウマイ15個入りにと大活躍した時期もありましたが、やはり新幹線で食べるのが格別です。やっぱ、「弁当を食べる以外やることない」という極限状態がいいんですよ。仕事してる人も多いけど。