〈小池克臣と行く、和牛百景〉

和牛の魅力ってなんだろう。美しいサシ、脂の旨みといったお肉そのもののおいしさはもちろん、料理人、生産者など和牛をとりまく物語も見逃せない。今や世界中の“おいしい共通語”となった、和牛〜WAGYU〜がおいしく食べられる名店を“肉バカ”こと小池克臣が探す、食べる、紹介する!

第2回 ホルモンが絶品の知られざる下町の名店「味楽亭」

京成電鉄本線、新三河島駅のほど近くにある、創業1975年の老舗。

今日も牛肉、明日も牛肉。晩御飯は365日牛肉という小池克臣さんだが、足を運ばなければならない店はそれ以上。また訪れたいと思っても、なかなかリピートできないのが実情だ。そんな中、「滅多にないことですが、どうしてもリピートしたくて、1カ月の間に2度、足を運びました」というのが、東京・荒川区西日暮里にある焼肉店、「味楽亭」だ。

おいしさと価格と。驚きは2度やってくる!

小池さんが、信頼すべき肉友からその評判を聞いて訪れたのは、1年ほど前。“ここが!?”と思うような、ひっそりとした佇まいながら、「とにかく素晴らしい。実は、以前、この近くに『金龍苑』という焼肉の名店があり、よく来ていたのですが、この店のことはまったく知らなくて……。訪れてみたら、素材の鮮度はいいし、仕事もていねい。そのうえ、驚くほどリーズナブル。白いご飯と一緒に、思いっきり肉を食べたい!というときに、真っ先に立ち寄りたい店ですね」と、小池さん。

タンの根元の部分をスライスした上タン塩は、この美しさにして、この厚さ!

特筆すべきはホルモン類のおいしさだ。「カルビやロースは、新しい店でもお金さえ出せばいいものが手に入りますが、ホルモンはそうはいかない。長年の取引で、業者と信頼関係がある老舗でないと、いくらお金を出しても譲ってもらえないものなんです。たとえば、ヤン(ハチノスとセンマイのつなぎ目)。そもそも扱っている店が少ないうえ、なかなかおいしいものに出会えない部位ですが、ここは驚くべきおいしさと価格です」と、気づけば、肉焼き番長と化した小池さん。

ほかではあまり出合えないヤン。ホルモンが苦手な人でもハマるかも。

地元に密着した家族経営の店は狙い目

「うちは当たり前のことをやっているだけですよ」。そう笑顔で話してくれたのは、2代目のチャン・ジョンヒさん。義理の母が始めた店を継ぎ、10年ほど前、末息子の金文彌さんにバトンタッチした。ヤンを始めたのは、その文彌さんだ。

肌がとてもきれいな2代目、ジョンヒさん。美肌の秘密は、毎日欠かさず口にしているテグタンスープだそう。

ホルモン類は、冷凍ものはいっさい使わず、カットするのもオーダーが入ってから。しかも、硬く食べにくい部分はすべて除き、やわらかい部分のみを提供しているという。小池さんいわく、「焼肉って、肉を切って出すだけ、と思われがちですが、仕入れ、保存、掃除、切り方と、仕事次第でおいしさが全然違うんです」。

小池さんが、そのていねいな仕事ぶりに感嘆する3代目、金文彌さんと。

「家族経営というのも、店選びの基準のひとつだと思います。価格もサービスも良心的な店が多い」と、小池さん。焼肉に対する真摯な姿勢は、店内の隅々にも表れていて、テーブルも床も壁も、油でべたついたところがひとつもない。味、雰囲気、コスパ、三拍子揃った、その代表格ともいえる焼肉店だ。

無煙ロースターではないが、掃除が行き届いていて、清潔感のある店内。座敷のほか、テーブル席もある。

小池さんが焼き方とともに解説! オーダー必至の肉皿×4選

何をオーダーしても間違いないが、店の真価がよくわかるのが、上タン塩、上ミノ、ヤン、タンすじだという。ほかでは得られないおいしさとコストパフォーマンスを誇る4皿を、もっともおいしく味わうための焼き方と合わせて紹介。

1. サシの美しさと厚さに驚く、「上タン塩」

タンの中でも“上”とされるのは、サシが多く入った根元の部分。厚めにスライスされたその上タン塩は、創業から40年以上続く「味楽亭」の名物メニューだ。

「上タン塩」1皿 2,100円

 

 

小池さん

サシがきれいに入った、舌の根元の部分が、贅沢なほどの厚切りで、しかも4枚というボリュームの多さ。この店の中では高価な1皿ですが、都内の高級焼肉店なら、その倍はすると思います。脂がのっていて、肉に甘味があり、サクッとした食感も素晴らしい。

焼きのコツ

 

小池さん

ロースターの上で、表面に焼き目がつくぐらいまで、しっかり焼くのがおすすめ。食感が活きて、タンの甘みも口の中いっぱいに広がります。

2. 硬いはずの部位が、不思議なほどやわらかい「タンすじ」

タン下とも呼ばれる舌の裏側の部分。1本からごくわずかしか取れない、硬さのある部位なので、そもそも扱っている店自体が多くない。そんな希少部位を、塩だれで。

「タンすじ」1皿 700円

 

 

小池さん

硬い部位なので、焼肉の場合は、薄めにスライスしている店が多いのですが、ここのタンすじは、かなり厚め。それでいながら、硬いどころか、むしろやわらかく、噛むほどに味わいがあります。これが700円とは、驚愕のコストパフォーマンス!

焼きのコツ

 

小池さん

これもレアに近いより、焼き目がつくぐらいまでしっかりと焼いたほうが、すじの甘みが出て、おいしいと思います。

3. 包丁の入れ方に店主のこだわりが感じられる「上ミノ」

牛が持つ4つの胃袋のうち、第1の胃がミノ。コリコリとした独特の食感を持つこの部位の、厚みのある部分を開き、やさしい味わいの味噌だれにつけた、創業からの看板ホルモン。

「上ミノ」1皿 1,100円
 

小池さん

切り方によって味わいが大きく変わる部位で、店によってさまざま。ここは、ミノの中でも厚みのある部分だけを切り出し、食感が活きるようにひとつひとつていねいに開いてあり、店主のこだわりが伝わってきますね。切り込みを入れただけのミノとは違う、ザクザクとした歯ごたえが楽しめます。

焼きのコツ

 

小池さん

たれにつけてある肉やホルモンは、ロースターの周囲の、火力に近い部分で焼くと焦げやすい。なるべく真ん中に置いて、鉄板に伝わる熱で、返しながらじっくり焼くのがおすすめ。

4. 安すぎる!? ジューシーで臭みのない希少部位、「ヤン」

牛の第2の胃袋ハチノスと、第3の胃袋センマイの間の部分。老舗でないと、なかなか出合えない希少部位で、アワビのような食感が魅力。塩でもたれでもオーダーできるが、小池さんのおすすめはたれ。

「ヤン」1皿 950円

 

 

小池さん

臭みが出やすい部位なので、臭くて食べられない店も少なくないんですが、そんな臭みは皆無。ジューシーで旨みが強い。ミノと同じように、ひとつひとつていねいに開いてあるので、歯切れも抜群。こんなにおいしい希少部位が、たっぷり盛ってあって、1,000円もしないのは安すぎる!

焼きのコツ

 

小池さん

ロースターの真ん中で、周りに焼き色がつくぐらいまで焼きます。すると、歯切れよく焼き上がり、焼き目の香ばしさと、中のジューシーさのコントラストも楽しめます。

 

必食のスープ

「テグタンスープ」1,100円
 

小池さん

オーダーしたい、したいと思いつつ、焼肉でお腹いっぱいになってしまい、なかなか辿り着けなかった看板メニュー。白いご飯を入れて、飲み干したいおいしさです。

 

創業から続くいちばん人気のスープ。牛骨を中心に 牛タン、牛すじ、バラ、カルビ、野菜、漢方食材など、30種あまりの材料を、約3日間煮込んで作るそうで、辛みが穏やかで、やさしく滋味深い味わい。

必食の箸休め

サービスでやってくるもやしのおいしさに、追加オーダーが後を絶たないというのが、ナムル。作り置きしていないのがよくわかる清潔な味で、もやし、ぜんまいなど、4種の盛り合わせが700円。そのほか、キムチやカクテキ、サンチュサラダといった箸休めになるメニューも揃っている。

DATA

 

※価格は全て税込

教えてくれた人

小池克臣(こいけ・かつおみ)

横浜の魚屋の長男として生まれるも、家業を継がずに、外で、家で、肉を焼く日々を送る。焼肉を中心にステーキやすき焼きといった牛肉料理全般を愛し、ほぼ毎晩、牛三昧。さらには和牛そのものの生産過程や加工、熟成まで踏み込んで研究を続ける肉の求道者。著書に『肉バカ。No Meat, No Life.を実践する男が語る和牛の至福』(集英社刊)。公式ブログ「No Meat, No Life.」。

取材・文:齋藤優子

撮影:山田英博