【おいしいパンのある町へ】

Vol.26 東京・西永福「PANYA komorebi (パンヤ コモレビ)」

昨今、改めて重要視されているサステナブルなライフスタイルは、人々の食生活にも大きな影響を与えている。レストランに限らず、ショコラやドーナツなどのスイーツも、素材から選ぶ人が多数。もちろんパン業界も例外ではなく、今では国産素材に限定する店も珍しくない。しかし素材を厳選すれば価格の高騰は免れず、とくに都心の一等地にある店舗では、毎日食べるにはちょっぴり贅沢なご褒美価格となってしまう。

西永福の商店街の一角にある「PANYA komorebi(パンヤ コモレビ)」も、素材選びに並々ならぬ情熱を注ぐ店のひとつ。しかしずらりと陳列するパンを見ると、価格は驚くほどリーズナブル。そんな“高コスパ”のパンをフーディたちが見逃すはずもなく、朝のオープンから多くの人が殺到。雨の日でさえも人の足が絶えない光景を目の当たりにし、パンを食べる前から、そのおいしさを確信させられる。

「正直、赤字ギリギリですよ(笑)」と苦笑いを浮かべながら語るのは、オーナー兼シェフの斉木俊雄さん。2010年のオープン以降、休日以外は深夜2時から夜の8時までみっちりパン作りを行うという激務。それでもパンを愛してやまず、「毎日が楽しい!」と断言する彼はまさしく、生粋のパン職人と言えるだろう。

リストランテ勤務で“素材ファースト”な料理の素晴らしさを知る

東京生まれ、埼玉育ちの斉木さんが飲食業界に足を踏み入れるきっかけは、なんとサーフィン。10代から夢中になり、高校を卒業後、ワーキングホリデーを使ってオーストラリアへ。現地のレストランで働きながら、サーフィンに没頭する生活を送っていたそう。

そこで料理の楽しさに目覚め、帰国後、東京のリストランテに就職。自家製パンを提供する店で、パン作りを担当するようになった。「幼い頃、週末の昼食はパンが定番で。両親と一緒に店へ行って好きなものを選ぶのが、毎週の楽しみでした。幼心にパン屋を夢に抱いていたのですが、いかんせんパン屋は朝が早い。僕には無理だな、と最初から諦めていたんです(笑)。でも実際に作ってみたら、やっぱり楽しかった!」

 

勤めていたリストランテのウリとなっていたのは、選び抜かれた新鮮な食材を使った料理。“素材ファースト”な飲食店の急成長を目の当たりにし、その素晴らしさを実感した。しかし当時、パン業界では、素材への意識がまだまだ低かったと言う。「パンも素材を選べば、さらにおいしくなるはず!と確信していました。自分の中で踏ん切りがつかず迷っていた矢先に、父親の病が発覚。介護をするためにも朝が早い職場のほうがよいだろう、と、ついにパン屋へ転職しました」

関西の個人店をめぐり、国産小麦のおいしさに開眼!

しかし都心のパン店で働くなか、斉木さんの中ではある疑問が生まれる。「キッチンには常に、小麦粉の袋が山積みになっていて、大切な食材という雰囲気をあまり感じることができなかった。また、大量に数を作らなければいけないから、パンひとつひとつに気持ちを込める余裕がない。でもお客様は、そのひとつのパンを楽しみにして来てくださっている。これっておかしいんじゃないか?と」

そんなときに、関西のパン文化がおもしろい、という情報を入手。東京での修行を6年経験し退社したのち、パンの食べ歩きをするため関西へ。「関西は東京に比べて個人店の人気が高いんです。国産小麦のみを使っていたり、素材もリッチだったりと、まさに当時の僕が求めていたパンの理想形があった。しかもコスパが大切な文化だから、価格もリーズナブル。こんなパンを作りたい、と、すぐに関西への移住を決意しました」

 

そして現「コンセントマーケット」のシェフ・岩井さんのもとで3年半の修行を行ったのち、独立。地元・東京へ戻り、晴れて自らの店をオープンさせる。

生産者との触れ合いが、モチベーションにつながる!

現在、店で扱う14〜15種類の小麦粉はすべて国産。外国産に比べ、供給量も安定せず、価格も高いという難点がありながら、そこまで国産にこだわる理由はなぜなのか? 理由を聞くと、「おいしいからですよ」という単純明快な答えに、意表を突かれる。

「なかでも僕は、北海道産の風味が好きで。生産者の方においしさの理由を聞いてみたことがあるんですけど……北海道は気温が低いため、種まきから収穫にまる1年がかかる。厳しい冬を乗り越えて、より力強く、深い味わいに仕上がる、というドラマに感動しました。僕は毎年、年に1度は北海道の産地をめぐっているんですけど。生産者と触れ合うことで、素材への意識がより強くなる。農業は大変な仕事なので、彼らのためにも素材を大切に、おいしい商品を作ろう!とモチベーションにつながるんです」

 

「価格は高いけれど、作り手の努力を見て、実際に味わってみると、その価値がある。小麦もパンも、嘘をつかない。手間と時間を惜しまずに費やせば、絶対においしくなります」

素材のよさを最大限に生かすべく、生地作りも徹底して研究。「スピーディーなミキシングで無理にグルテンを出すと素材感が減ってしまうため、低速で時間をかけるのが鉄則。さらに発酵時間も長くとることで、ゆっくりとグルテンを出し、味を深めています。こうすることでイーストの量も最小限に抑えられ、風味を最大限に生かすことができるんです」

 

そんな斉木さんの熱意がまっすぐ消費者に通じているかのように、1日約40〜50種類のパンが並ぶ店でトップ人気を誇るのは、素材の味をダイレクトに感じられる食パンとバゲット。リストランテ勤務で培った食材の組み合わせのアイデア光る菓子パンや惣菜パンとともに、マストでチェックしたい。

完成した瞬間の感動が忘れられない! 石臼挽き粉の「バゲット」

「オープン前の試作をしていたときに、あまりのおいしさに感動したことを今でも覚えています(笑)」と自ら太鼓判を押すのが、噛めば噛むほどパワフルな小麦の香りが広がる「バゲット」。一度はストップした小麦の生産を再開させたという、驚きのエピソードも。

 

「十勝産の『ホクシン』という小麦粉を使っているのですが、オープン4年目のときに、生産が止まってしまったんです。いろんなブランドを代用してみましたが、やはり穀物感、ミネラル感ともに物足りなくて。卸業者の社長に掛け合ってみたところ、生産者の方を説得してくださり。晴れて、もとの味が復活しました」

バゲットでは通常70%の加水量を、84%まで増量。そのためパンの風味が立つようじっくり焼き上げても、中はしっとりとした食感をキープ。「1〜1.5cmほどにスライスし、生の状態で食べるのがおすすめ。これ以上厚いと噛むことに注力して、味覚の感覚が薄れてしまうので!」。ホール290円、ハーフ145円(ともに税込)。

北海道産牛乳たっぷり! ぎっしり、もっちり、ミルキーな「食パン」

代表商品ともいえる食パンには、斉木さんが「一口含めば上品な香りが広がり、噛むうちに旨みが増す。創作意欲がどんどん湧く、大好きな小麦粉」と愛してやまない、十勝・本別町産『春よ恋』を採用。「生産者の前田さんは、小規模なブランド小麦生産を行う農家のパイオニア的存在。初めて口にした際、あまりのおいしさにワクワクが止まりませんでした!」

 

「ミルキーな味わいを出すため、全水分量の7割を牛乳に。北海道浜中町でとれる牛乳は乳脂肪分が豊富で、とにかく濃厚。土作りから徹底していることで有名な農場で、安心・安全はもちろん、ほかとは比べものにならないコクが出ます。また、最大の特徴が、生地の一部を湯種にしていること。もっちり感と甘みを増すことができるんです」

 

ずっしりとした重量感もさることながら、スライスすると、断面の濃密感に驚く。生地そのものの味が濃厚なので、何もつけずに食べる人が多いのだとか。まずは生のまま、繊細でなめらかな口当たり、雑味のない上質な小麦の風味を、じっくり堪能したい。一斤450円、半斤225円(税込)。

生とうもろこしの甘みがじゅわっ! 「生とうもろこしのタルティーヌ」

自慢のバゲットを使用する惣菜パンのなかで、夏場の人気No.1商品がこちら。「ベースは、浜中町の牛乳で作った自家製ベシャメルソース。そこに削いだとうもろこしを生のまま和えて、縦にスライスしたバゲットにのせて焼いています。とうもろこしの甘みを味わってもらいたいので、ベシャメルソースの塩分は最小限に。表面にほどよく焼き色をつけ、香ばしさもプラスしています」

 

シャキシャキとした食感が残ったとうもろこしは、ほどよく甘くジューシー。やさしい味わいのベシャメルソースがバゲットに浸透し、中はしっとり、外はカリッとしたW食感が引き立った仕上がりに。ボリューム満点なのでランチとしてはもちろん、晩酌のお供としてもGOOD。330円(税込)。

国産フルーツと北海道産クリームチーズがぎっしり入った「ベーグル」

甘いものが大好き、という斉木さんが作る菓子パンには、老若男女問わず幅広いファンが。なかでもリピーターが絶えないのが、小ぶりながらずっしりと重みのあるベーグル。こちらは斉木さんがこよなく愛する『春よ恋』、『ホクシン』の石臼挽き粉をブレンド。

 

「しっとりと仕上がる北海道産の小麦粉は、ベーグル作りに最適。弾力があって、しっかり噛むタイプのパンなので、より小麦粉の風味を感じられます。通年で提供している『青森りんごとクリームチーズのベーグル』は、浜中町の牛乳を使ったクリームチーズと、青森県産のドライりんごを生地で包み込んでベイク。クリームチーズと生地の水分で、りんごが絶妙な食感に仕上がるんです」。280円(税込)。

 

「夏季限定ベーグルで人気なのが、『長野県産ドライキウイとクリームチーズのベーグル』。どちらも国産のドライフルーツを使っているのは、ワインには同じ土地の料理が合う、というテロワールの考えと同じ。パンも似た気候でとれた食材のほうがマッチングする気がするんですよ」。300円(税込)。

斉木さんに聞く、西永福エリアの一押しグルメ

奥様も一緒にお店を切り盛りしており、閉店後、ふたりで外で夕食を済ませてから帰宅するいう斉木さん。西永福エリアでリピートしているのが、こちらの2店。

食材の組み合わせが勉強になる! ポルトガル料理の「ボタ アルタ」

「ポルトガル料理の店なのですが、どれも日本人に馴染みやすい味わい。と同時に、これとこれを組み合わせるの!?と、食材の組み合わせが異国料理ならでは。日替わり料理を含め、メニューのバリエーションが豊富なので、何度行っても飽きません。野菜がたっぷり摂れて、リーズナブルなところもありがたく、週に1度は通っています」

中華なのにホッとする、やさしい味! 「中華料理 しむら」

「隣の浜田山駅前にある、老舗の中華料理店。中華というと重たいイメージでしたが、こちらは何を食べてもやさしく、健康的な味わいです。とくにスープがおいしくて、麺ものをオーダーすることが多い。しっかりとダシを感じられるスープは、つい最後まで飲み干してしまいます!」

撮影:山田英博

取材・文:中西彩乃