名店の店主が、胸に秘めてきた一軒がついにオープン

日赤通りに旨い焼肉割烹あり!と、肉ラバーらの胃袋を鷲掴みにした人気店「肉匠 堀越」。それも、美味しい牛肉を求め、神戸の勢戸牧場や田村牧場はもとより、宮崎の尾崎牛や高知の土佐あかうし、隠岐牛とマニアックなまでに、これ!と思う全国各地の生産者の元へと足繁く通うご主人、末富信さんの熱意の賜物だろう。

 

その末富さんが、数年来胸に秘めてきた待望の一軒「鈴田式」が、この5月1日、令和の幕開けと共にオープンした。

 

「『堀越』でやれなかったことを、ここでは思う存分やりたくて」とは末富さん。やれなかったこと。それが、薪焼きだったのだとか。

カウンターから窯の様子が見えるのも楽しい

 

「『堀越』は、ガスロースターだったので、もっと素材のポテンシャルを引き出せる熱源を探していたんです。そんな時に出会ったのが、シンガポールで今話題の炭火焼きレストラン『バーント・エンズ』でした」ここで食べた薪焼き肉の旨さにすっかり魅了されてしまった末富さん、曰く「薪焼きって、まだまだいろんなアプローチができる。可能性を秘めた調理法だなぁと、この時思いましたね」。

 

そんな末富さんの熱い想いを共有、引き継いでいくのが、2人の若き新鋭。鈴野翔吾さん33歳と田代秀人さん32歳だ。そう、店名はこの2人の苗字から1文字ずつ取って名付けたもの。末富さんの2人にかける期待のほどがうかがえよう。

左から、鈴野さん、田代さん

 

両人とも、和食やフレンチ等々多彩な修業経験を持つそうで、オープンして間もない現在は、まだ末富さんが手綱を引いているものの、「しばらくしたら、全面的に2人に任せていくつもりです」。

 

場所は、麻布十番。とはいっても、賑やかな商店街界隈から外れた住宅街。およそ地元の人しか通らないような小路にひっそりと佇む一軒家。わずか6席のカウンターのみの店内は、お忍び感たっぷりだ。

6席のカウンターのみ

他では味わえない“薪和食”がコンセプト

料理は、2万円(税・サービス料別)のおまかせコースのみ。「堀越」の姉妹店ゆえ、さぞかし肉、肉、肉のオンパレード!と思いきや、さにあらず。末富さんによれば「コンセプトは“薪和食”。肉に限らず、魚や野菜なども薪で焼くおいしさを楽しんでもらおうと思っています」。そのことば通り、全部で12〜3品ほどのコース料理のうち、肉料理は常時3品ほど。その他は、鰻や鱧、鮎など旬の魚の薪焼きや椎茸焼きといった野菜の薪焼きが、登場する。

 

薪ならではの薫香を生かした料理を目指しているというだけにいずれもその香り使いがユニーク。通常、薪焼きの場合、熾火(おきび。薪が燃えているものの炎は上がっていない状態)で焼くのが常套だが、ここでは、薪の炎も活用。薫香と素材のマリアージュをいろいろ模索している。

薪の炎も活用

 

「お店をオープンする前に1ヶ月ほど研究期間を置いたのですが、実際にいろいろ試してみると意外に、肉よりも魚の方が薪焼きにあっていたり、肉でも、黒毛和牛よりもあか牛やグラスフェッド(※)系の牛の方が薫香とのバランスが良かったりといろんな発見がありましたね。牛肉より豚や羊の方がしっくりくるような手応えもあり、今後の研究課題です」。晴れやかにこう語るのは、鈴野さんと田代さんのお二人だ。

 

※牧草飼育

“みる貝と活海老とアスパラガスN25キャビア煎り酒和え”  「N25キャビア」=ブランド名。無添加の最高品種のキャビア

 

“太田牛フィレ肉の飯蒸し”

 

とはいえ、同店のシグネチャーメニューといえば、これ。ご覧の“太田牛フィレ肉の飯蒸し”だろう。本来和食の献立では、飯蒸しといえばお凌ぎ的な立ち位置なのだが、同店のそれは、堂々たるメイン。餅米こそ少量とはいえ、フィレ肉は100g弱。ちょっとしたビフテキ並みのボリュームで、もはやステーキ丼である。静かに燃える薪の炎で炙られ、焼きあげられたフィレ肉はしっとりと柔らかく、じっくりと味わうほどにタレと薫香の香ばしさが食欲を刺激する。そのタレも、もちろん自家製。田代さんのお手製だ。酒と味醂を煮切ったところに昆布を入れ、醤油も入れて煮たてたらアクをとり、火を止め、鰹節を投入。そのまま冷まして一晩おいて仕上げるという手間のかけようだ。

“沖縄産アグー豚のクリスピー焼き”

 

“金目鯛の焼き霜造り”

 

他にも、カリカリの皮が小気味よい“沖縄産アグー豚のクリスピー焼き”や皮目だけをさっと炙った“金目鯛の焼き霜造り”、のどぐろの骨や頭は薪の炎で焼き薫香をつけた後、米と炊き込み、仕上げに薪の熾火で焼いた身の方を混ぜ込んで仕上げる“のどぐろの炊き込みご飯”。更には、薪火でゆっくり火を入れ香りを移した牛乳で作るアイスクリーム等々、薪の香りをテーマにした料理作りの徹底ぶりは、実にあっぱれ。これまでの薪焼きには無い新味に期待したい。

“のどぐろの炊き込みご飯”

 

のどぐろの身をていねいにほぐして、盛り付けてくれる

 

取材・文:森脇慶子

撮影:飯貝拓司