直営牧場で一気通貫するからこその馬肉の鮮度

北海道にジンギスカンがあるならば、青森には義経鍋がある――。
義経鍋とは、「源義経一行が岩手県平泉に落ち延びる際、武蔵坊弁慶が野鳥などを捕獲し、兜を鍋の代わりにして料理して食べた」という一説をモチーフに作られた鍋。焼肉としゃぶしゃぶ、同時に楽しめる鍋として、八戸・十和田を中心とした南部エリアではお馴染みの名物料理。と言っても、県外の人からすれば、「なんじゃそれ?」。初耳の人も多いはずだ。

熊本県、福島県に次いで馬肉の生産量全国第3位を誇る青森県。熊本、会津は馬肉文化のイメージが定着しているが、青森県に馬肉のイメージを抱く人はあまりいないかもしれない。源頼朝につかえていた武将・南部光行が八戸地方を統治したことで(それゆえこのエリアを南部地方と呼ぶ)、以後、牧場を作り、馬の生産と飼育を行うことで、県の東エリアである南部地方は名馬の産地、馬肉文化が根付くことになったという。

とりわけ、このエリアで絶品の馬肉料理を堪能できるのが、五戸町にある昭和22年創業「尾形精肉店(ミートプラザ尾形)」だ。義経鍋はもちろんのこと、超良質な馬肉を使用した桜鍋、馬刺し、ステーキ、お寿司などが食べられるとあって、30分ほど車に乗って、お隣・八戸市から食通が訪れるほど人気を博している。八戸へ出張で訪れるビジネスマンの多くも舌鼓を打つべく尾形に足を延ばし、青森旅行に来た人は、この店の馬肉を食べるためだけに、八戸に降り立つことも珍しくないという。

辣油は飲み物
出典:辣油は飲み物さん

「青森県で戦後、馬肉料理を普及させたのが当店です。馬肉は、鉄分が多いため色が変わりやすく、扱いが難しいのですが、尾形では直営牧場を持っているため、新鮮な馬肉を提供できます」

 

そう語るのは、 尾形精肉店常務取締役・尾形千代子さん。直営牧場で、解体から製品まで一気通貫で行い、馬肉は店内でも販売する。毎日在庫を見ながら牧場から仕入れているため、常に新鮮な馬肉が楽しめるというから驚きだ。人気店だけに直営牧場だけでは足りなくなることもあるため、セリで落札した北海道産、東北産の馬肉も使用しつつだが、国産の馬肉にこだわる食通をうならせ続ける名店であることは間違いない。

 

そんな超美味な馬肉を、その土地ならではの食べ方でいただく。焼肉としゃぶしゃぶを一度に楽しめる――前代未聞の食文化。噂を聞きつけて、遠方から訪れる人が後を絶たないのも納得! でも、「これってどうやって食べるのが正解なの!?」、食べ方が良く分からないのに、徐々に上がるテンション。これぞ旅先メシの醍醐味。

鉄鍋部分にしゃぶしゃぶ用の鉄碗がドッキング。伝統工芸品としても価値の高い南部鉄器製。この鉄鍋だからこそ、パリッと肉が香ばしく焼ける。

「鉄板部分に引く油は馬の油を使います。馬油は、植物性のようなさっぱりした油なので、馬肉のおいしさを引き立たせます。この油でないとおいしい義経鍋はできません」(尾形さん)

 

なんでも化粧品会社などから馬油を購入したいといったお話もあるとか。だが、義経鍋の肝でもあるため一切販売は行っていないという。お肉は売るけど、油は売れない。俄然、期待が高まる。

 

「へりの部分に油が溜まるのですが、この油にお肉をくぐらせて焼きます。こうすることで焦げにくく、柔らかいお肉を楽しむことができます」

 

パリッと焼きあがる馬肉からあふれ出る肉汁ッ! ゴマやリンゴなどから作られた甘めのタレ、にんにくや生姜、お味噌などから作られた濃いめのタレ、そしてしゃぶしゃぶ用のポン酢、お好みで食べる。味は言わずもがな……おいしいに決まっている。おいしすぎるぞ。柔らかいけど、しっかりとした食感。馬肉を焼いて食べる――。なんて贅沢な鍋なんだろう。

しゃぶしゃぶという贅沢すぎる味の変え方!


馬肉の部位は、特上のハラミ(横隔膜)と、赤身部位のカイノミ。サシのあるハラミは超ジューシーな馬肉のおいしさを、カイノミはやはり馬肉であっても焼肉との相性は最高……肉の風味が広がる、広がる。そして、特筆すべきは、牛の焼肉と違って、ぜんぜん胃が重くならないこと。馬の油はさっぱりしていて、まったく重くない。食べると、「植物性の油に近い」と言っていた意味が理解できるはずだ。

 

「お一人で二人前以上食べる方の方が多い」と尾形さんが話すように、いくらでも食べられそう。低カロリー&高たんぱく質かつ鉄分が豊富なヘルシー食材のおいしさはそのままに、焼くことで旨味やジューシーさが引き立つ。なんでも上級者は、へりの部分に溜まった油に肉をくぐらせ続け、そのまま“揚げ焼き”として楽しむとか。

義経鍋 一人前2,640円(税表記)

と、これだけも満足なのに、鉄鍋山頂部分から香り立つ湯気。焼肉だけでも贅沢なのに、“味を変える”ことができるマジックオーケストラ「義経鍋」。試しに、ハラミを5秒ほど湯にくぐらせて、ポン酢でいただく。極上の甘みと、肉感。普通のしゃぶしゃぶは、こんな肉の厚さで食べることはできない。ところが、新鮮な馬肉だからこそ、ほんの少し湯通しをしただけでお食べになることができる。見事なまでの“馬刺し”と“焼き”のいいとこ取り。焼きとしゃぶしゃぶ、どっちで食べるか迷い、交互に食べ比べていくにつれ、どちらの美味しさにも何度も膝を打つ。義経鍋は、「アウフヘーベン」の意味まで教えてくれる。

しゃぶしゃぶにするとご覧のように赤身が見える超レア具合でいただくことができる。上写真の焼き写真と比べると、火の入り方がまったく違うことが分かる。当然、味も変わる。うますぎる。

超人気店だけに、訪問する際は予約をしたほうが賢明だろう。青森まで行くことができない……でも食べてみたい! そんな方に朗報がある。

 

「特選ギフトセットとして、全国配送をしています。特製のタレをお付けした焼肉用上馬肉(400g)などのセットもありますので、馬肉の焼肉をご自宅で味わっていただくこともできます。ただ、繁忙期は数に限りがありますので、お早めにご注文いただけますと幸いです。おいしいと感じていただけたら、ぜひ五戸町にお越しください。お店の南部鉄器で提供する馬肉料理は、もっとおいしいですから(笑)」

お店に足を運ぶと、運が良ければ「ハツ」「タテガミ」などのレアな馬刺しをいただくもできる。新鮮なタテガミと赤身を一緒に口の中に放り込む姿を、目をつむって想像してほしい。東北新幹線に乗車する自分の姿が見えてくるはずだ。

 

一つの鍋でさまざまな馬肉のおいしさを実現してしまう「義経鍋」だが、もちろんタレの味などは店舗によっても異なる。ポン酢、焼肉のタレ、ごまだれなど、その店の馬肉に一番合うこだわりのタレを用意しているため、食べ比べてみるのも一興だ。

 

八戸市、五戸町ではなく、もし青森市方面、十和田市方面に行くのであれば、「馬肉料理 吉兆」(十和田店・青森店)でも「義経鍋」が楽しめる。

五所川原市金木町の馬肉専門の卸・小売会社「小田桐産業」の直営店なので、こちらも肥育生産から出荷までを一貫して管理している。馬肉の鮮度は◎。タレは、すりおろしりんご入りの自家製のものを使用しており、相性も抜群。鍋の形が尾形とは異なるなど、同じ義経鍋でも個性があることがわかると思う。

 

義経鍋……その魅力はまだまだ底が見えない。

 

取材・文:我妻弘崇(アジョンス・ドゥ・原生林)