【森脇慶子のココに注目】「中華立波」
相変わらずの高い支持率を誇る“町中華”。昔ながらの店はもとより、高級ホテルのチャイニーズレストランでも“町中華フェア”を催したり、あえて“町中華”をコンセプトにする新店も増えていたりする。中には、フレンチのネオビストロよろしくネオ町中華を標榜する店もあり、一口に町中華といっても、最近はさまざまなタイプが現れているようだ。2025年7月18日、松陰神社前にオープンした「中華立波」も、近所にあったらうれしいを地でいく町中華のニューフェイスだ。

洒落たカフェが立ち並ぶ駅前商店街、モダンなビルの1階にはためく白い暖簾が初々しい同店。ご主人の立波右恭さんは岩手県出身の29歳。盛岡大附属高校時代は、甲子園にも2回出場を果たした元高校球児だ。大学卒業後、大手ガス会社に就職したにもかかわらず、安定した職場を離れ、未知の飲食業界に飛び込んだ立波さん。そこには、大学4年生の時に経験した中華料理店でのアルバイトが大きく影響している。そのバイト先というのが北区東十条の「自由軒」。大衆的な中華料理店だったそうで「見た目は町中華のような雰囲気でしたが、料理はより本格的。ご主人は、赤坂の有名店で修業された方と聞きました」と立波さん。そのご主人の料理を作る様子が、当時の立波さんには印象的だったそうで「かっこいいな、って思ったんです。自分が作る料理でお客さんを呼び、おいしい料理で(人を)幸せにしてあげられる。料理人っていい仕事だなぁって、その時は漠然と思っていました」と語る。

この時の火種が、立波さんの心の奥で静かに灯っていたのだろう。大手企業に就職しながら僅か2年で退職し、料理人への道を目指すことに決めた立波さん。最初に入ったのは、都内の人気定食屋だった。表向きは定食屋ながら、中華メニューは本格的。ここで2年弱、中華の基礎を学んだ後に一旦進路を変え、祖師ケ谷大蔵の洋食店「キッチン マカベ」でアルバイトをすることに。その後、中華への思いを断ち切れず、今度はオムチャーハンが評判の荻窪「中華屋 啓ちゃん」で修業を積む。ここでは料理だけでなく、経営のことや店の回し方などもいろいろと教えてもらったそうだ。

そして、28歳にして念願の中華料理店を開店。場所は、あの「五指山」の跡地と言えば思い当たる中華ラバーも多かろう。白壁に白い暖簾も清々しい外観に対し店内は、シンプルながら木肌の温もりを感じさせるアットホームな空間。壁にかけられた黒板メニューには「木須肉」や「麻婆豆腐」「五目焼きそば」等々、町中華の定番メニューがずらりと並ぶ。中には「チーズメンチカツ」や「イチローカレー」といった食堂アイテムもあり、気取りのなさが好ましい。とはいえ、エースはやはりチャーハン。それも、修業先譲りの「オムチャーハン」がダントツ人気。立波さんによれば「お客さんの7割は、オムチャーハンを頼まれますね」というから、その人気ぶりがわかろうというものだ。

テーブルに運ばれてきたそれは、皿いっぱいのチャーハンにしなだれかかるトロトロのオムレツが食欲をそそる。往年の“たんぽぽオムライス”を思わすそのビジュアルは、時代を経ても食いしん坊の心を揺さぶってくる。チャーハン自体は、焼豚、長ネギ、卵と至ってスタンダード。ややしっとり系でありながら、ベタつきはなく口中でパラリと解けるバランスもなかなかだ。

「修業先よりも卵の量を少しだけ増やし、味の加減をやや調整して自分の好みの味にしました」と立波さん。盛りの良さに、米の重量を尋ねれば、普通サイズでも1人前400gと他店の大盛りはあろうかというボリュームに絶句。更に、大盛りは800gになるそうで、体育会系出身らしい豪快さも「立波」ファンが増えていく要因の一つだろう。

盛りの良さはチャーハンだけではない。陰の人気メニュー「木須肉」(豚肉と卵とキクラゲの炒め物)の量も侮れない。カットも大胆な豚肉やキクラゲ、たけのこ、ニラがてんこ盛り。卵の炒め加減も程よく、その存在感を主張する。

ライスをつければ立派な木須肉定食のできあがり。ちなみに、ライス&スープは200円。一方、客のリクエストが多かった一品といえば「麻婆豆腐」。

自家製辣油を利かせたそれは、辛さの中に豆豉のうまみが広がる佳品。現地そのままのガチな辛さではなく、ご飯が進む程よい辛さは、町場の中華料理店らしい配慮だろう。

大きめサイズがジューシー感を引き立てる焼売も肉肉しさが魅力の一皿だが、立波さん自身の一押しは「黒酢豚」。子供のゲンコツ大ほどもある豚肉が、威風堂々とした面構えで皿に鎮座する立波さんの自信作だ。

艶々と黒光りするソースの甘酸っぱくも香ばしく立ち上る香りには、胃袋を掴まれること違いなし。このソースが秀作。豚肉よりも黒酢ソースの方に原価をかけているそうで、詳しい中身は企業秘密だ。

砂糖と醤油はそれぞれ3種、お酢は2種類を使い分け、コクのある甘みと香りの高さを演出。カリッ、ザクッと揚がった豚肉にとろりと絡む黒酢あんの酸味もまろやかだ。ちなみに、プラス200円でパオの追加も可。残ったソースも、残さず付けて味わいたい。お米派ならば、黒酢飯でねこまんまも悪くない。

時分時となれば、14席の店内は満席。オムチャーハンを黙々と平らげて席を立つ1人客、餃子で一杯飲んでから麻婆豆腐とご飯で締めるビジネスマン、中華そばを静かに啜る女性などなど客層は多彩。中には、焼売をはじめ酢豚や木須肉、回鍋肉など一品料理を数品頼み、オムチャーハンをシェアするグループ客もあり、立波さんが思うところの「地元の人たちに愛される店」として、早くも浸透しつつある。中華を主軸としつつも「これからは、メンチカツなど洋食っぽい料理もスポットで入れていきたいです」と話す立波さん。これからが楽しみな庶民の味方の中華屋だ。
※価格はすべて税込


