目指すのは「誰からも愛される、王道の寿司」

江戸前寿司の名店「海味」の二代目の大将として腕をふるってきた中村龍次郎さん。先代の長野充靖氏の急死により、28歳の若さでツケ場を引き継いでその味を守り、ミシュランの二つ星を獲得してきた。それから5年目の2019年秋、中村さんがついに独立を果たした。店の名は「鮨 龍次郎」。先代の味を大切に受け継ぎながらも、これからは自身の寿司を追求していく。

技と心意気を受け継ぎ、新しい味を追求する

外苑前駅から徒歩4分、青山一丁目駅から徒歩5分。路地の奥に佇む「鮨 龍次郎」

青山通りから一本入った路地の奥にひっそりと佇む「鮨 龍次郎」。2019年11月4日のオープン直後は、路地に祝いの花があふれかえっていた。ミシュラン二つ星店「海味」からの独立ということで注目度が高いのはもちろんだが、店主・中村龍次郎さんの人柄に惹かれ、彼を応援する人は多い。

中村龍次郎さん。高校卒業後に金沢の「葵寿し」に入り、寿司職人の道を歩む。現在33歳。

明るく気さくで、ときに冗談を飛ばしながらツケ場で仕事をするため、店には絶えず笑い声が響いている。師匠である長野氏も、人を大切にする寿司職人だった。

とはいえ、「楽しい」だけで客がつくわけがない。細かなところまで目を配り、こちらが声をかける前に要望を察してくれる。そして、卓越した技術があるからこそ中村さんの寿司に惹きつけられるのだ。何より中村さんが寿司を握る姿は、なんともリズミカルで小気味よい。所作に無駄な力みがまったくなく、ふわりと美しい寿司が差しだされる。

 

独立して大きく変えたのがシャリ。以前は米酢と赤酢の2種を合わせていたが、今は3種類の酢をブレンドしている。使うのは、米酢「白菊」、伝統的製法の赤酢「山吹」、すっきり味の赤酢「琥珀」だ。

「東京では、赤酢を利かせた店が多いじゃないですか。うちも赤酢を使ってはいますが、極力、赤酢に頼らないシャリにしたいという思いがあります」と中村さん。

11席のカウンター。神代杉を使用した保冷庫が存在感を示す。

店内は、天井や引き戸に網代(あじろ)を用い、カウンターには白木、保冷庫には神代杉を使用するなど、格調高く凛とした雰囲気。内装の担当者に「中村は明るい性格だから、店は高級感を出してちょうどいいバランスになるよ」と提案されたと笑いながら話す。店に入れば、中村さんとお弟子さんたちが、威勢のいい挨拶と笑顔で迎えてくれるので、緊張することなくリラックスして過ごすことができる。

一貫でゲストの心を掴む、挨拶がわりの「中トロ」

つまみ8品、握り12貫の25,000円のコースから「マグロの中トロ」。男鹿石の寿司台も洒落ている。

最初に供されるのは「中トロ」だ。上品な脂の甘味とうまみがたまらない。味のよさはもちろんだが、違うのは香り。独特の香りが鼻に抜け、ほどよい余韻が残る。

同店をオープンする際、マグロの仕入れ先を豊洲でNo.1と謳われる仲卸「やま幸」に変えた。中村さんが銀座の名店「鮨 あらい」の手伝いをしたときに、「やま幸」のマグロのおいしさに感動したのだという。

 

「市場に行ったときには必ずご挨拶に伺っていて面識もあり、今回『うちのマグロの面倒を見ていただけませんか』とお願いしました」

 

「やま幸」のマグロはやわらかいため、やや厚く切ってもシャリとよく馴染む。この一貫で、客は心をわし掴みにされる。

つまみをひと通り楽しみ、握りのスタート

日本酒はグラスで400円~。お手頃なものから高価な希少酒、生ビールやワインまで用意している。

「中トロ」のあとは、つまみを楽しむ時間だ。「帆立貝の磯辺焼」、「茶碗蒸」、「刺身」など、8品が供される。流通量の少ない北陸の名物「ガスエビ」をいただける日もある。

寿司店のつまみには、やはり冷酒がよく合う。銘柄については、店に任せるのが基本だ。高額になるのではと心配になるかもしれないが、酒屋などで自宅用に購入するのとさほど変わらない価格で提供している。

「寿司を食べさせる場所なので、お酒で儲けようという気持ちはありません」と中村さん。

握りの「スミイカ」。スミイカは、晩秋から初春にかけて旬を迎える高級食材。

つまみを一通り楽しんだら、次の握りは「スミイカ」。斜めに包丁目の入ったフォルムが美しい。新鮮なスミイカの歯ごたえを残しつつ、シャリと一体になるように仕事をほどこしている。シャリとネタの間にユズとスダチをはさみ、塩をのせる。柑橘の爽やかな香りと、シンプルな塩味がイカの甘味をさらに引き立てる。

マグロにウニ。王道のネタにこそ違いが表れる

握り「マグロの赤身」。

マグロのおいしさは先述のとおりだが、赤身は鉄分を多く含んでいるため、より爽やかな香りがする。ほどよい酸味があり、ねっとりとした舌ざわりも最高だ。まずは赤身を堪能し、次は大トロに続く。

握り「マグロの大トロ」。

脂ののった大トロはシャリとのバランスを考え、やや薄めに切る。脂の口どけ、熟成した旨味と香り、そしてなめらかな舌ざわりが素晴らしい。赤身と大トロを食べ比べることで、それぞれの味の違いと魅力を再確認できる。

握り「ウニの軍艦」。

この日のウニは、濃厚な甘味とうまみが特徴のバフンウニ。軍艦に使う海苔は、パリッとした食感がよい有明産のもの。シャリ、海苔、そしてウニが渾然一体になることで、えも言われぬ美味が口いっぱいに広がる。

ラストを飾るのは、“おやっさん”から受け継ぐあの味

キュウリを細長く切って作る「かっぱ巻き」。

シャキシャキの食感を楽しめる「かっぱ巻き」は、「海味」からのおなじみの味。シャリの量はごく少量で、このひと巻きにキュウリを約半本分ほど使っている。こちらの海苔は、ややしっとりとした千葉県産や愛知県産を使う。その断面は、ため息がでるほど美しい。この「かっぱ巻き」を忘れられずに再訪する人がいるほど、記憶に残る味だ。

フィナーレを飾る「玉子」。

最後は定番の「玉子」。中村さんいわく「おやっさんに教えていただいた、そのままの味」。客に提供するタイミングに合わせて焼いているため、温かい状態でいただくことができる。まるで茶碗蒸しをブロック状に固めたような、ジューシーで繊細な味わいに驚かされるはず。ラストを飾るにふさわしい逸品である。

 

実は「鮨 龍次郎」には、6名まで利用できるカウンター付きの個室も用意されている。接待での利用はもちろんだが、子育て世代の家族にも、ゆっくりと寿司を楽しんでほしいと考えているそう。個室で寿司を握るのは中村さんではなく若手の職人になるが、それでも、子どもを連れて本格寿司を楽しめるのはうれしい。

人を楽しませることに長けた中村さんの、誰からも愛される寿司

「ありがたいことに、うちのお客さまはよい人ばかり。ぜひ気軽に店を訪れてほしい」と中村さん。

中村さんが目指すのは、“王道の寿司”だ。

「好みは千差万別ですが、10人いたら7人には好きだと感じていただきたい。みんなに愛される寿司にしたいのです」と中村さんは話す。個性を尖らせるのではなく、多くの人に広く受け入れられること。それは、中村さんの人柄を表した言葉のようにも思える。

 

まだ33歳。新しい一歩を踏み出すその姿を追い続けられるのは、贅沢な楽しみだ。

 

※価格はすべて税抜

 

取材・文:梶野佐智子(grooo)

撮影:玉川博之